テイラー・スウィフト主演のドキュメンタリー映画『ミス・アメリカーナ』レビュー

世界的アーティストのTaylor Swift(テイラー・スウィフト)にスポットを当てた映画『ミス・アメリカーナ』。2020年1月にNetflixで公開された作品です。

ドキュメンタリーなのであまり神経質になる必要はないと思われますが、記事中には発言の引用などが含まれます。1ミリもネタバレされたくないという方には、先に作品をご覧になっていただくことを推奨します。

メイン画像:Netflix『ミス・アメリカーナ』より


スターも1人の人間だという当然の再認識

世界的なトップアーティストを、どこか特別な心臓を持った強い人、もはやスターという別の生き物だと認識してしまいそうになる時がある。

しかし、当然ながら彼女たちも同じ時間を生きる人間であり、たくさんの試練に立ち向かい、乗り越えてきたわけで、もしかすると自分なんかよりもよっぽど人間らしく全力で日々を生きているのかもしれない。

求められる人物像を察知して演じる能力が高いゆえに生まれる悩みが、きっとあるのだと思います。

グラミー賞10回、アメリカン・ミュージック・アワードは29回も受賞しているというテイラーでさえ、

“やった!と思うのは一瞬だけ。あとは継続方法を考える”

と発言していて、スターが生き抜くメンタルや彼女の体温を感じることのできる貴重な機会でもあります。

カントリーシンガーだった頃のテイラーもかわいくて私は好きだったので、「人はこんなに変わるものか…」とずっと思ってきたけれど、きっとあのまま行っていたら、彼女はずっと作られたキャラクターを演じ続けなければならなかったかもしれません。

近年では元恋人に対しての報復めいた曲ばかりが取り沙汰され、それもキャラっぽくてなんだかなぁだったのですが、本作ではそういった一面よりも、もっとナチュラルで人間味のある彼女が掘り下げられているので、個人的には興味をそそられるポイントでした。

人間らしさに迫った構成

本作は、ライブができるまでの工程が観られるとか、ワールドツアーの舞台裏に密着!といった類のライブドキュメンタリーではなく(それはそれで面白そうなのだけど)、あくまでもテイラー・スウィフトという1人の女性に密着した作品となっているのが特徴です。

ドキュメンタリーを得意とする女性監督、ラナ・ウィルソンが手がけているだけに、事実を切り取りながらもカメラレンズの焦点は、常にテイラーの心に当たっているといった感じ。

カニエ・ウエストとの確執、摂食障害だった過去にも触れるという潔さも垣間見え、後半はさらに彼女自身の内面に迫った構成に。

ミソジニーに対する自身の考えや行動に変化が起き、彼女自身が法廷に立たされたり、多くの批判にさらされたり、母親がガンを患ったりと、さまざまな要因を受けて昨今の言動に繋がっていることが理解できます。

これまで、政治に関心を持たないアーティストというパブリックイメージだったテイラーでしたが、アメリカの中間選挙をきっかけに堰を切ったように政治的な発言をするようにもなり、その発言自体が影響を及ぼすようになっていく。

音楽的観点から見れば、政治色を強めることはあまり好ましくないようにも思えますが、テイラーほどのスターともなれば、口を開いても開かなくても物議を醸す対象となることもまた事実で、押さえつけられていたしがらみも相当あったのだろうなと、察するに余りある。

終盤では「老けた女性アーティストが捨てられる世界」「男性アーティストの20倍も新たな試みに取り組んでいる。そうしなければ失業する」と赤裸々に語っています。一瞬ヒヤッとしますが、頷ける現実でもあるわけです。

「有名になった年齢で成長が止まる」としながらも、その壁をキャッチアップすることができたとも語っていて、30歳になった彼女がまた次のステージへと進もうとしていることを予感させてくれます。

『ミス・アメリカーナ』それがすべて

ラストに向けて、テイラーが直面している現実や伝えたかった本音が詰まっているように感じました。

このあたりを一つの軸として、社会的メッセージを世の中に発信することは、この映画を制作する上でのテイラーサイドの必須条件でもあったのではないかと推察します。

個人的には、カントリーシンガーから現在のスタイルを確立していった過程を、もう少し丁寧に描写してくれればさらに興味深かったのですが、1時間半という尺の中に、濃厚な彼女のアーティスト人生をさまざま盛り込むことは難しいのかもしれない、とも考えたり。

とはいえ、見せなくても成立したはずのパーソナルな一面まで見せてくれる寛大さや、自然体な魅力(リラックスしているポニーテール姿はやっぱりかわいい!そして愛猫のベンジャミンバトンが激かわいい)もうかがい知ることができる。

アーティストのドキュメンタリーとしては、中身の充実した構成ではないかと思います。

彼女の作品が1曲でもプレイリストに入っている方は、『ミス・アメリカーナ』を観る前と後とでは、きっとその曲の聴こえ方も、広がる世界も違うはずです。

私自身、彼女に対する見方に劇的な変化が訪れたわけではないけれど、テイラーの曲を聴いた時、この映画の中の彼女を思い出したりするのだと思う。

本作で見せる表情は、彼女を形成するほんの一部にすぎないのだと思いますが、この先のアーティスト人生を、リスナーとしてまた違う角度から見守りたくなる、そんな作品でした。

『ミス・アメリカーナ』。タイトルがすべてを物語っていて、この称号を与えられるのはほんのひと握りの人だけ。

そしてそれが間違いなくテイラー・スウィフトであるということに、異論を唱える人はいないだろう、それ以上の真実はない気がします。

文 : 長谷川 チエ(@Hase_Chie

『ミス・アメリカーナ』Netflixでの視聴はこちらから


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ABOUTこの記事のライター

山口県生まれ、東京都育ち。別業種からフリーライターとして独立後、Culture Cruiseメディアを立ち上げ、『Culture Cruise』を運営開始。現在は東京と神奈川を拠点としている。 カルチャーについて取材・執筆するほか、楽曲のライナーノーツ制作、小説や行動経済学についての書籍も出版。音楽小説『音を書く』が発売中。趣味はレコード鑑賞。愛するのはありとあらゆるカルチャーのすべて!!