君に会うことはできないけれど、サカナクションを聴く旅に出よう【後編】

【前編】はこちら

想像力

今日は君と電車に乗ろうと思う。相変わらずここは自分の部屋だけど。私はよく、電車の中でサカナクションを聴きながら小説を読む。

誰かの曲を知るのに、他のアーティストとのコラボとか、リミックスを聴くのも一つの方法だよね。

電車つながりでこの曲を紹介するよ。2019年12月にくるりの名曲「ばらの花」とのマッシュアップが話題になった。

神奈川県の相鉄線が、都心へ直通運転を開始した記念ムービー「100 YEARS TRAIN」に提供された楽曲。

私は今神奈川に住んでるけど、相鉄線のイメージも刷新されるPRで、相鉄線が都心とつながったのも大きなニュースだったな。

この類いのタイアップでクリエイティビティを追い求めるのは本来とても大変なことだけど、そんな矛盾を突破したような作品だよ。

良質な曲を作れば曲自体が育って、こうしてまた良質な作品として戻って来ることを教えてくれるよね。

そして原曲の方なんだけどね。サカナクションの楽曲ではループするトラックが印象的だけど、この曲は歌詞も少しの変化で、ループするような構成。

言葉数が少ないからこそ、リスナーに想像力を与えてくれて、それでも退屈しない曲展開。

緻密に設計して選ばれた言葉、メロディの大胆な振り切り方、巧みなアレンジに支えられている、サカナクションらしさを示すような曲じゃないかな。

“思い出のように降り落ちた雪”とか、“冬の花”のような光景は、北国を知る人だから描ける創造性と説得力があるよね。

でも曲調は、ピアノから徐々に躍動感を増し、最終的にテクノ調で着地していて、どんどんノスタルジーからかけ離れていく点が、この曲の魅力だと思う。

それでは聴いてください、サカナクションで「ネイティブダンサー」

音を創る

これは2007年にリリースされた初期の曲だから、君は初めて聴くかもしれないね。

初めての曲って、サブスクだとカーソルを移動させて飛ばして聴いたりしない?サビのあたりとポイント数ヶ所探って、好みじゃなければ一瞬でスキップされる。

でもその方法でサカナクションの曲を聴くと「あれ?」ってつまずくんだよ。この前の「夜の踊り子」の時の話と似てるよね。

普通の聴き方には、いい意味でヒットしないんだ。途中で全然違う曲調になってるから「どこでそうなった?」って、気になって戻ってみたりする。

この曲も飛ばして聴くときっとそうなるはず。1曲を3部作のように分割して、クイーンをコラージュするように制作したそうだよ。

ギターのリフがまさにクイーンを模しててすごく効いてるんだ。クイーンっぽいのにサカナクションらしいコーラスも最高だよ。

ライブも華やかに展開して素晴らしいステージで、私はライブで観てからより好きになった曲かな。

サカナクションは一郎さんがほとんどのソングライティングを手がけているけど、モッチさん、愛美さん、ザッキーさん、エジーさんの存在感の大きさは、ライブに行くと圧倒される。

決して前に出てきたりしないけど、黙々と音を創る姿がプロフェッショナルでとてもかっこいい。

6分と長尺なのでアルバムのリード曲になれず、レーベルでは制作されなかったというMVも、自主制作で実現させたそうだよ。

それでは聴いてください、サカナクションで「ナイトフィッシングイズグッド」

丁寧に描く

君とはよく仕事の話をするね。私はこの前ある人に「君の書き方は丁寧すぎる」と言われてへこんでしまったよ。そんな時、この曲が救ってくれるとは思わなかった。

耳に残る、ひずんだイントロのシンセ。サカナクションの音楽ではよく耳にする手法だけど、レトロ感が心地良いよね。

そしてアウトロではたくさんの音に迎えられている。シンセに始まりシンセに終わる曲という感じ。

ドリフさながらのMVはYouTubeの再生回数も1億3千万回超え。そのうちの1億回は自分かと思うくらい観てるから私も。後ろのダンサーさんまで観てる。

「何これ?」な1番→笑う2番→「え、かっこいい」大サビ→斬新なアウトロ。

サカナクションらしさを全編に渡って感じられるから最後まで観て(絶対)。

「ていねていね~」の印象的なフレーズのように、巧みに言葉を音に組み込むのもサカナクションの特徴と言える。でも歌詞を見ると、

このまま君を連れて行くと

丁寧に描くと

揺れたり震えたりした線で

丁寧に描く

と決めていたよ

と記されている。

音を聴くと言葉遊びのように愉快に響くけど、歌詞は詩的ですっきりと、整然と並んでいる。

一郎さんのそんな美的感覚にはいつも刺激されるよ。だから私はサカナクションのライナーノーツを眺めるのが大好きなんだ。

「仕事が丁寧すぎる」と言われたその時も、サビのフレーズが呼び起こされて、改めて聴いたら涙が止まらなかった。

一郎さんは1番では丁寧に描くと言う。2番では“丁寧に歌うと決めてたけど”って揺らぎながらも、大サビではやっぱり決意を固めている。1億回聴いても答えを曲げないんだけどどう思う?

ライターとして今のやり方で良いのか答えはまだ出てないけど、私はこの曲で世界一泣いたリスナーかもしれない。

今もタイアップが更新される人気曲だけど、映画『バクマン。』の主題歌として作られたこの曲は、主人公が漫画家を目指す映画の内容ともリンクする部分が多いよ。

サカナクションがサウンドプロデュースを手がけていて、音楽によって映像に奥行きが出ているのが好き。とても素敵な映画だよ。

この先何年経っても、きっとサカナクションを支え続けるであろう偉大な曲。

それでは聴いてください、サカナクションで「新宝島」

サカナクション、架け橋になる

10代の頃、渋谷の宇田川町でレコード屋さん巡りによく付き合ってもらったよね。

洋楽中心だったけど、AORが好きだから山下達郎さんとか、邦楽も買ってたなぁ。今でも持ってるよ。

その頃は生まれてないか、まだ幼かったから視覚的な記憶はあっても曖昧、というかほぼ無いに等しい。

だから当時の曲を聴くと「懐かしい、けど実は覚えてない」な一種の居づらさを感じる。

この曲も、若い世代には新鮮に、年配世代には懐かしさを与えられるようにとの意図があるそうだけど、サカナクションと同世代の私は、そのスタンスにとても賛同できる。

邦楽の伝統的な構成に、サカナクションの音がどうハマるのか興味を持ったけれど、完全に心奪われたよ。冒頭から際立つベースラインがかっこいい。

居づらいどころか、何ならサカナクション捨て身でオメガトライブになりきっちゃってるじゃん。オメガトライブも分かるようで分からない、つまりこういうことだよね。

MVもスタジオに無理やりねじ込まれたヤシの木とかビルのCGとか最高だから、ぜひヴィジュアルとともに観てほしいな。

テーマを研究する鋭さは、サカナクションの特徴だと思ってるよ。

CDも8cmシングルで発売して、ちゃんとカラオケも入ってるの。ずっとやりたかったそうだけど、ここまで追求する意識がすごい。

世界的にも注目されているジャンルだから、日本のカルチャーをアピールすることにも繋がる。世代と国の架け橋になってくれているのが、とてもエモーショナルだよね。

そんな彼らの丁寧な努力に拍手を送りたい!!

それでは聴いてください、サカナクションで「忘れられないの」

結びつくカルチャー

君と恋愛の話をすることはあまりないね。

恋愛は人生を豊かにするけれど、求めるでもなく生活に自然と溶け込むものだという認識は、私たちはずっと同じだね。

この曲が恋愛の歌だっていうから、私はとても抱きしめたくなるんだ。

詩吟をロックに落とし込むというテーマだったそうだけど、しまいにはバッハを持ち出してくる。

独創的なトラックに、あえてアンバランスなメロと歌詞を乗せることで、ハイブリッドを通り越してもはやカオスだ。

混沌とした頭と心の繋がりが見事に描写されている。

そこに拍車をかけるようなMV。信じられないだろ、恋愛してるんだぜ。一郎さんが持つ「真顔のバリエーション」が私は好きなんだ。

ここまで揃って作品として完成するイメージ。名曲だけど、このMVがなければこれほど多くの人が愛着を感じる曲にならなかったかもしれない。

サカナクションの楽曲は、クリエイティブなヴィジュアルと結び付くことでより芸術性が高まるんだ。曲と映像が補完し合うような関係。

それだけ、創造性豊かに曲作りをされているのだと気付かされる。普通の曲だったら逆に曲が浮いてしまうよ。

「クリエイティブな監督さんに、この曲の映像を撮りたいと思われるバンドであり続けたい。」

一郎さんはそうおっしゃっていたけど、そういう意思も原動力となり、良質なカルチャーが結びつくのだと思う。

カルチャーっていろんな人のバックボーンや多面的な経緯が絡み合ってできているんだよね。

サカナクションはカルチャーを創っているバンドだと思ってるよ。そんな実体のないものをバンドから感じるなんて、なかなかないことだよね。ただ曲作って演奏してるだけじゃそうはなれないもの。

クリエイター本人が本気で創作と向き合っていなければできないと思う。

でも本人たちは飾らない普通の感覚を持った人たちで、シンプルに暮らしている(たぶん)。そこがまた彼らの魅力だと思うんだよね。

それでは聴いてください、サカナクションで「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」

ストーリー

サカナクション5人の技術力の高さは、シンプルな曲でこそ際立つ。

これはアウトロまで聴かないと気が済まない曲だよ。たった30秒足らずの中にすべてが集約されているから。

ギターがヴォーカルよりも前のレイヤーにあって、先頭に立ってるイメージ。

だからモッチさんのギターがずーっとこの曲をガイドしてくれているようで、アルペジオの漂う空気感が好きなんだ。

サビでの盛り上がりはしっかり存在しているのに、ザッキーさんのシンセソロにはクライマックスを感じさせるドラマがある。曲構成として2番がないから、まっすぐここにたどり着けるのかもしれない。

そしたら最後の最後、すべてはアウトロへのビルドアップだったと気付くんだ。一郎さんの歌唱も素晴らしいよ。

緩やかに上昇していた波形が、最後にはストンっと消えるから、「あれ、けっこう高くまで上昇していたんだな」と気付く。これは私の解釈だけどね。

MVは初めて観ると、インパクトがあって驚くかもしれない。いい意味での裏切りは、サカナクションの特徴でもあるね。

この旅ももうすぐ終わりを迎えるから、少しだけ私の話を聞いてくれる?

この曲は2011年にリリースされた『DocumentaLy』というアルバムの最後に収録されている。

東日本大震災のあった当時、私は配偶者と暮らしていたけれど、その後離れてしまった。

それからはシェアハウスに住んだりしたけど、2019年から人生初の一人暮らしを経験しようと決心した。

一郎さんは「“この世界は僕のもの”とは自分の部屋の空間を表している。」とおっしゃっていた。

外出自粛生活で、一人執筆し続けている今、妙にこのフレーズが心の奥に入り込んで、気付いたら涙があふれるんだよ。空虚だけど、悲しいとか後悔の涙ではないんだ。

でもその涙って、当時とはまったく違う感情で流れているんだよね。あの別れがなければライターにもなっていないし、本心から今とても幸せだと思う。

曲自体はずっとそこにあるのに、自分だけが慌ただしく環境の変化を繰り返して、聴こえ方まで変わることに、どこか可笑しさすら感じるんだ。

一体サカナクションでどれだけ泣いてるんだって話だけど、ずっと一緒にいてくれて感謝しかないよ。この時期に一人の空間を経験したことで、たくさんの気付きを得ることができた。

これだけ音楽が溢れる時代に、リスナーの人生観がこんなに変化しても、ずっと大切にできる曲をサカナクションは作ってきたんだね。

それでは聴いてください、サカナクションで「ドキュメント」。

エピソード

最後に紹介するこの曲は、エピソードが曲にパワーを与えるケースがあるということを教えてくれたよ。

素直なジャパニーズロックだと思ったら、一転して異世界へと発展していくよ。喜怒哀楽や序破急が1曲につまっている気がするんだ。

一郎さんが日々、多くのことを豊かな感情で受け止めて、曲に昇華させていることを物語っていると思う。

10周年記念に開催されたファンクラブイベントでは、ファン投票1位に選ばれ、リスナーからも愛されている曲。

サカナクションはリスナーも聡明で芸術への感度が高かったり、その関係性がとても素敵なんだ。だからメンバーやファンの方が大切にしている曲は、私にとっても特別な曲になる。

一郎さんは、普段曲作りの背景をあまり語らないけれど、特定の場所では話してくれる。

でもひとたび解説を委ねると、濃厚なエピソードを豊富なボキャブラリーで分かりやすく語ってくれるんだ。

表現者の話し方だなぁと思うし、それだけ思考と試行を重ねて曲作りをされているのだと思う。

そんな中でもこの曲のエピソードはファンの間でも有名で、夢に出てきた女性のお話や、実際にリリースに至るまでの経緯だとか。

話したいことはたくさんあるけど、きっとみんなの大切なエピソードだから、私がここでそっくり話してしまうことは止めておくよ。

興味を持ってくれたら、サカナクションの音楽を他にも聴いてみてほしい。そしたらきっとそのエピソードにも行き着くと思う。音楽は能動的に聴くと感動が2倍になるからね。

聴いてください、サカナクションで「目が明く藍色」

もしも一生のうちで、音楽を聴ける時間が限られているとしたら

ーーつい熱が入ってしまったけど、この話だったね。

どの曲にするかなんて決められないけれど、確かなことは、「自分で決める」ってことだ。当たり前だよね。でもそういう聴き方じゃない場面も、今は多いと思う。

メディアで流れるタイアップ曲をなんとなく聴いてみるのも大きなきっかけだし、今回もそういう気持ちで選曲したよ。

でもその次の行動としてあと一歩。アルバム別に聴いてみたり、あと一歩能動的に動くことで、その先にあるまた別の名曲と出会えるはずだよ。

サカナクションの音楽は難しいって捉えられることがあるかもしれない。

でも聴いた分だけ、必ずそれ以上のものを返してくれるはずだから、難しいと決めつけずに聴いてみてほしい。

彼らの音楽は、実はとてもまっすぐで、素直に心象が表されていると思うから。

嘘がなくて本質に触れているからこそ、ああいう表現になると感じるんだよね。

誰よりも、人間らしく生きる人の歌だなぁと思う。

人間らしく生きる人は時折、理解してもらえないことがある気がするけれど、そういう人が発信するメッセージは常に正直で、自分も受け止められる人でありたい。

だから、もしも一生のうちで、音楽を聴ける時間が限られているとしたら。私はそういう人が創る音楽に触れたいと思うよ。それが私の答えだ。

一緒に旅をしてくれてありがとう。今回の旅はこれで終わりだよ。

ここから君の航海が始まるね!

文 / 長谷川 チエ(@Hase_Chie

▼あとがきはこちら(note)


▼前編をもう一度クルーズするから乗って!

ABOUTこの記事のライター

山口県生まれ、東京都育ち。別業種からフリーライターとして独立後、Culture Cruiseメディアを立ち上げ、『Culture Cruise』を運営開始。現在は東京と神奈川を拠点としている。 カルチャーについて取材・執筆するほか、楽曲のライナーノーツ制作、小説や行動経済学についての書籍も出版。音楽小説『音を書く』が発売中。趣味はレコード鑑賞。愛するのはありとあらゆるカルチャーのすべて!!