【今市隆二『GOOD OLD FUTURE』レビュー】過去から未来をつなぐアルバム

今市隆二 アルバムレビュー

三代目 J SOUL BROTHERSの今市隆二さんが2022年11月2日にリリースしたアルバム『GOOD OLD FUTURE』のレビューを書きました。


アルバム『GOOD OLD FUTURE』

約1年4ヶ月ぶりとなる、今市隆二さんのソロ4枚目のフルアルバム『GOOD OLD FUTURE』。

「古き良き未来」という造語の意味が表すように、ノスタルジックなフレイバーを漂わせつつも現在的、かつ未来的な希望すらも感じさせる奥行きのある作品に仕上がっている。

Gordon Chambersさん、T.Kuraさん、michicoさんという豪華クリエイター陣によってオープニングから珠玉のR&Bが誕生した「Don’t Give Up」。

タフなビートに90’sカルチャーを感じる、YVES&ADAMSとの共作「ROMEO+JULIET」。スタンダードなR&Bとまっすぐなメッセージが繊細に重なる「Song For Mama」。

懐かしさを纏うレトロサウンド+4つ打ちにシンセベースという絶妙なバランス感覚によって、過去と未来が交錯するような空が見えてくる「星屑のメモリーズ」。

また「CASTLE OF SAND」は、2018年のデビューシングル「ONE DAY」の頃に原点回帰した印象がある。

「ONE DAY」と同じく8分の6拍子で刻まれるリズム。前作『CHAOS CITY』の「I’m Just a man」なども同様で、レイドバックな今市さんの歌声によくマッチしている。

ブレない軸を持ちつつも挑戦を続けてきた中で、『GOOD OLD FUTURE』では時代に流されない音楽の強い意思が感じられ、サブスクでシャッフルして流してみることで気づくこともたくさんある。

全10曲が多様な個性を放ちながら、90’s R&Bというコンセプトのもと華やかにクールに展開していく。

表現力のバリエーション

R&Bを基調としたサウンドは深みを増していく一方で、歌詞はバリエーションの幅を広げている。そんな幅広さが今作の聴きどころの一つになっていると思う。

例えば「華金」の“家の鍵なくして入れない”をマンキンのコーラスで歌われているところや、「辛」というタイトル、何度も謝る歌詞。

今までのRYUJI IMAICHIプロジェクトにはなかったような表現力を手にしている。

また『GOOD OLD FUTURE』というタイトルが物語るように、対極にあるものや矛盾が混ざる面白さみたいなものがある。

Chaki Zuluさんプロデュースの「辛」は、喪失感をポップミュージックに昇華させるという斬新な切り口。MVには今市さん直筆の歌詞が綴られているのだけど、これがすごく効いている。

とにかく字がきれい。これを読むためにMV観ちゃうみたいなところがあるし、何なら文字に癒されてるんじゃないか。

この字で読むことで「くるくるくる回る」とか「ニケで江ノ島」とか、いい意味で心に引っかかるような言葉も出てくる。

引っかかりのある歌詞に対し、サウンド面のこだわりも魅力で、個人的には5弦ベースのタイトな低音を意識しながら聴いている。

性能のいいスピーカーとかイヤフォンとか、リスニング環境を工夫すると、いつも聴こえない低音域が聴こえて「こんな音入ってたんだ」って気づくところがいっぱいあると思います。

今市さんのソロプロジェクトでは、1曲ずつ丁寧に制作され、フォトアルバムのコレクションが増えていくように完成していく感覚があった。

コレクションが増えることを楽しみつつ、このアルバムがどんな風にヴィンテージ感を纏っていくのか、今後も聴いていきたい。

前作の魅力に改めて気づく

アーティストがアルバムをリリースした時、前作まで振り返って聴いてみたりするのだけど、『GOOD OLD FUTURE』の場合は、というか今市さんの場合はごく自然にそれをやっている自分がいる。

前作『CHAOS CITY』は、80’sをテーマとされており、シティポップを感じるこちらも名盤だった。

時代テーマ的には『CHAOS CITY』から『GOOD OLD FUTURE』へという流れも自然ではある。

『GOOD OLD FUTURE』ができたことによって『CHAOS CITY』がまた一段昇格したみたいな、不思議な感覚になる。

なんていい曲なんだ! ギターとストリングスが混ざり合ってまさにRock&Soulの仕上がり。切ないという言葉の意味を求められたら、迷わずこのMVを押し付けたい。

もちろん初めて聴いた時から大好きだったけど、『GOOD OLD FUTURE』を経てよりいい曲になっている。納得の昇格!

時代に左右されないサウンドが今市さんの音楽の魅力だと思うので、時が経って過去作品になることで、どんどん魅力が開花していく。それを感じられるのも面白さかもしれない。

今につながる『GOOD OLD FUTURE』

「ONE DAY」の記事の中で書いた「日本ではR&Bが売れない」という状況も今は変化している。

極上R&Bを歌い上げた今市隆二「ONE DAY」が教えてくれたもの

ミクスチャーでいろんなジャンルが取り入れられているし、このジャンルは売れないという限定的な考え方をする必要もなくなってきたように思う。

ただその分、一貫性を持つことの難しさがあると感じる。

今市さんの伝えたい『GOOD OLD FUTURE』は、このアルバムだけにとどまらず、ずっと貫かれてきた音楽性の中にあるのかもしれない。

次々と新譜へ目移りしてしまうサブスク主流の時代、急速に変化していく音楽シーンの中で、逆行するように過去を遡りたくなるというのも新鮮で、まさに温故知新。

しかし、過去に戻りながら『GOOD OLD FUTURE』を聴いてたどり着くのはラストトラックの「Star Seeker」で、5分を超える壮大なバラードでありながら、どこまでも今という現実を見つめている曲でした。

多彩な表現力を手にしても、最後にはいつもこうして、素直で純粋なメッセージをそっと添えてくれるのが今市隆二さんなのです。

過去に学び、未来を見据えながらも、やはり私たちの毎日は今ここにしかないのだと思いました。

10曲のアプローチはさまざまですが、『GOOD OLD FUTURE』という言葉の先にはいつも今があり、過去も未来も、すべてこの瞬間によって存在しているのだと。

それなら過去だって変えられるかもしれないし、平凡な日々の積み重ねが、未来を変えるチャンスかもしれない。

やがて過去になる今をもっと良くしよう。

『GOOD OLD FUTURE』はそんな希望を与えてくれるアルバムでした。

文 / 長谷川 チエ

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▼「ONE DAY」レビュー(2018.1

▼CrazyBoyインタビュー 前編

ABOUTこの記事のライター

山口県生まれ、東京都育ち。別業種からフリーライターとして独立後、Culture Cruiseメディアを立ち上げ、『Culture Cruise』を運営開始。現在は東京と神奈川を拠点としている。 カルチャーについて取材・執筆するほか、楽曲のライナーノーツ制作、小説や行動経済学についての書籍も出版。音楽小説『音を書く』が発売中。趣味はレコード鑑賞。愛するのはありとあらゆるカルチャーのすべて!!