藤井風『HELP EVER HALL TOUR』ネタバレのないライブレポート

ネタバレのないライブレポに挑戦します

曲名が一つも出てこないライブレポを書きます。

先日、藤井風さんの音楽について、1年間書き続けたライターの日記全文を公開します の記事を公開し、「ライブレポ待ってるよ」というお声をたくさんいただいた(ありがとうございます)。

今回参加できなかった方々に、拙文ながら何かお伝えできたらと思い、その気持ちだけでレポートを書こうと決意した。そういう意味では、細かくお伝えした方が良いに決まっている。

しかし「ネタバレは見たくない」という声もあった。

この初日公演で、何も知らずに迎えるワクワク感が自分の心を満たしてくれたことも事実である。

この世で一番恐ろしい「予期せぬネタバレ」。

昔、映画『シックス・センス』と『ファイト・クラブ』を観る直前に、同じ人から結末を告げられて以来、人一倍それを恐れている。結末がすべてみたいな映画なのに!

もう字面で嫌になってくる「ネタバレ」。ゲシュタルト崩壊寸前。他に良い言い方ないのか?

「ネタバレあり」とタイトルに付ければ良いのだろうが、そういう問題じゃないし迷惑もかけたくない。

ツアーが終わったら公開するか、など考えた結果、Culture Cruiseではこの1年たくさん挑戦をしたので、2020年最後のこの記事でも挑戦してみようと思う。曲名にも演出にも触れずに、文字で臨場感を伝えられるのか?

待っていてくださった方には、もしも期待と違ってがっかりさせてしまったら申し訳ないです。

ただ、予定調和のライブレポよりも「セトリ」というキーワードで読者を引き寄せるSEOライティングよりも、その時感じた素直な想いを綴り、厚みのあるレポートを目指しました。


『HELP EVER HALL TOUR』初日公演

2020年12月25日、神奈川県座間市の「ハーモニーホール座間」にて『Fujii Kaze “HELP EVER HALL TOUR”』初日公演が行われた。

ウィズコロナにおける厳戒態勢を保ちながら、ツアーを試みるアーティストも増えてきた。しかし東名阪くらいがほとんどで、まだまだオンラインが主流。そんな中、全国11ヵ所、12公演というボリュームは、この時期では異例とも言える。

スケジュールは以前から決まっていたものだが、決行はギリギリまで保留され、何とか開催に漕ぎつけた。運営はバタバタだったと思うので頭が下がる。

そんな中で迎えた初日公演。現在神奈川県が拠点の自分にとっては、スムーズにアクセスできてありがたい。移動をコンパクトにすることもこの時期は大切だ。

ライブハウスやアリーナ、ドームなど、さまざまな場所でのライブを観てきた中でも、ホールは特別である。

キャパシティ、設備、ステージとの距離や見晴らし、会場の立地など。様々な視点から、素敵やんと思っている。

入口付近で客層を見てみると女性が多めで6:4くらいだろうか。男性同士とか、カップルもいる。クリスマスデート@藤井風ライブとはなんと素敵なことか。

しかし個人的にはフェスにいそうな男性とか、もっといるかと思ったのだが地域によっても違いはあるのかもしれない。

到着!

入場時にはスタッフが検温、消毒用のアルコールをプシュっとしてくれる。紙チケットの場合は自分で半券を切り取って所定の箱に入れるよう促される。

そうか、チケットの受け渡しもリスクを高めるのか。スタッフさんは皆フェイスシールドを装着している。お疲れ様です。

グッズ購入の列をスルー、しようと思ったけど私もちょこっと買い、客席へ。さほど混雑はしていない。

チケットが当選した時から、この場に居させていただけるだけで幸せだと思え、だったので、もちろん席の遠さは織り込み済みだった。

2階席だったが、ステージ正面だったので見やすかったし、全盛期の視力が2 . 0で良かったとも思った。全体も見渡せるので、ライターにとっては都合が良い。と自分を諦めさせる。

こんなに立派なホールが座間にあるとは知らなかった。公演前のSEから、「うわぁ、めっちゃ音が良い」と私はざわついた。とても良い会場だ。

座席は市松模様になる形で、一つおきに空席が設けられている。改めて、この状況で当選したことが本当に奇跡で、心から感謝せずにいられなかった。

ツアー初日のレポートという難題はつきまとうが、いただいたこの機会を無駄にせず、何らかの形で記事に残そうと意を決する。

この中のひとりくらいは、私の1年日記を読んでくださっただろうか。まだ心の中に記事の残像はあるだろうか。などと考えながら開演を待った。

そして藤井風さんが登場する。

会場、華やかに満たされる

1年間、泣き笑いしながら記事を書いてきた風さんだ!  衣装もよく似合っている。風さんの着こなしで、“衣装の方から似合いに行ってる” みたいな服だ。

風さんは1曲目から“喉からCD”で絶好調だった。ダイナミックであり、柔らかさもある。なんだそれ、実現するのか?  するんです。

最初の一音が響き渡った瞬間から、今回ホールツアーが選択された意味を感じ取った。音響の良さを生かしたプログラムだと思う。

音響さえ良ければどんな演奏も生きるわけではない。やはりスキルフルな演奏あってこそだ。ダイレクトに伝わる分、演者は緊張もするかもしれない。

しかしもし自分がプレイヤーだったら、こんなに良い環境で自分の音が客席に届いたら嬉しいはずだ。日本、ホール活用しきれてるのか?  とちょっと思う。

風さんのピアノがこの場所で聴けただけでも、訪れる価値が十分にあったと言える。

もし当日「今日は声が出ないから歌いません。ピアノリサイタルです!」と手話で説明されても問題なさそう。それくらい、藤井風さんのピアノは踊るように鳴り、華やかなグルーヴで会場を満たした。

風さんの曲たちはホールで聴かれるために生まれてきたのでは?というほど空気と一体化し、生き生きと呼吸するような音色だった。音源で聴く時とはまた違った豊潤さがある。

やはり生音は格別だ。そう考えると生ライブ自体、最後に観たのはコロナで中止が相次ぐ前の2020年2月だった。

そのライブがきっかけで7月にインタビューもさせていただいたFlowBackさん

しかも会場は今回のツアーで風さんも訪れる予定の「昭和女子大学 人見記念講堂」だった。自分にとっては、すべての執筆が一つにつながっていてすべてが大切だ。思わぬ場面で感極まる。

あの会場でこのプログラムが演じられると思うと、想像しただけでワクワクする。行かないのに。回数を記憶していないほど何度も訪れたが、歴史と温もりがあって、このツアーにも合いそうだ。

会場、風に巻き込まれる

風さんは会場全体を自分のグルーヴで満たしてしまう。武道館公演の配信などを拝見して、そう察しはついていたけれど、この日それを確信した。

一つ気付いたのは、MCが上手いことだった。トーク力が芸人並みでひな壇座れるとか、そういうことじゃない。どちらかというと、言葉で伝えるのは本来慎重なほうではないかと思う。

ただ、ここでひと笑いさせると一体感が出るとか、要所要所でありますよね。ふっと息抜きしたいタイミングで発する言葉とか、そういうのが絶妙に上手い。

しかも、考えてきた言葉を狙い撃ちするわけでもなく、その場の雰囲気で思いついたことを言う。ベラベラ話すわけでもないが言葉のチョイスも自然体で良い。

たったそれだけなのに、いつしかみんな風さんのペースに巻き込まれている。それがとても心地良いのだ。ここが上手く運ばないと、会場内のラグが生まれてしまったり、何となくその後浮き足立ってしまったりする。

巻き込もうなんて、きっとご本人はつゆほども思っていない。自然とその潮流が生まれるだけだ。

時にダイナミックな音の波にのまれ、時に凪のごとく穏やかなピアノに身を任せたりする。中盤はそんな時間だった。

呼ばれればどんなステージにも立ってきたという岡山時代の経験も手伝ってか、ステージ上では勝負強さを感じるが、パフォーマンスには一切気負いがない。

ピアノと戯れるように演奏する姿は無邪気にすら映るのだが、ひとたび熱を込めれば観る者を一気に巻き込んでいく。

誰もが藤井風の二面性に驚かされ、心地良く巻き込まれていったのではないだろうか。

会場、余韻に包まれる

大きな声は出せない、マスクで表情の見えない観客がステージに向かってできることは、身振り手振り、現実的に考えて「拍手で伝える」ことくらいだ。

その拍手の強さや長さといったところで、制限された中でも感情表現をすることを知った。これは個人的に勉強になったし、とても心を打たれた。

風さんは、空気を変えるだけでなく、空間を優しくできる人なのだ。

そんな空間に身を置いて、「藤井風、こんな感じね」で終わらせる人はいないのではないだろうか。

「また風さんに会いに来たい」きっと誰もがそう感じると思う。世代も性別も関係ない。彼の人間力だ。

“藤井風さんの音楽を聴きに行った私”も、いつのまにか“風さんに会いに行っていた”のだと気付いた。

「初日公演は緊張した」と後日おっしゃっていたが、私の目にはそんな時でも気負わないステージングがとても素晴らしく映った。

パフォーマンスの意義はアーティストによって様々だが、藤井風さんの場合、完璧なショーを観に行くというよりも、風さんが創り出す空気感を体感しに行くという気持ち。

その気持ちが強い方は、きっと私以外にもたくさんいらっしゃると思うので、ご自身が楽しんでステージに立ってくれることが一番の成功なのではないかなと、後半はそんなことを考えた。

ここまで人間性にフォーカスできるのは、ソロシンガーならではの特徴なのかもしれない。ひとりで戦っていくとはそういうことなのだと思う。

風さんがステージを後にしても、会場は華やかなグルーヴと温もりに包まれたままだった。

ライブを見届けてから公開するか迷ったけれど、自分にとってはこの日が、もう次のスタートかもしれない。

それはその瞬間を迎えてみなければ分からないので、記事は一旦終わらせようと思う(長いし)。

1年日記で私はこう綴っていた。「長いし」も大きめな理由だったのだが、この日は私にとって次のスタートになったようだ。来年もまた挑戦の連続。

風さんのピアノは最後まで優しかったので、その余韻を感じるように帰りの足取りは軽く、心地良かった。

心に浸透する瞬間

この日の風さんは、あらゆる場面で観客の心を掴んでいた。

机上でレビューを書くだけではその瞬間に立ち会えないので、やはり自分の足で行動し、良質なインプットとアウトプットを繰り返すことは欠かせない。

そのためにはチケットがなければ会場にも入れないわけだが、「こんなに人気なのにホールなんて小さすぎる。もっと大きな所でやってくれ」と思われた方もいたかもしれない。

でも、ホールでのコンサートは、良い音を届けたいというアーティストの真摯なメッセージでもあると私は常々思っている。

丁寧に全国を回るというのは、採算で考えても実はとても大変なことなのだ。

一度に届けられる人数は少なくても、回数を重ねてでも、一人ひとりに届くように。そんな想いからのホールツアーという選択なのだと、私は受け取った。

たった一音のピアノが、観客の心に浸透する瞬間を見せていただけたような時間だった。私も文章でその瞬間を生み出せるようになる日まで、恐れず伝え続けようと。そう決意して帰路についた。

最後までツアーが盛り上がりつつ、完走できることを祈っています。

文 / 長谷川 チエ

藤井 風  公式サイト

『Fujii Kaze “HELP EVER HALL TOUR”』

▪︎2020年

12/25 神奈川:ハーモニーホール座間
12/27 埼玉:三郷市文化会館

▪︎2021年

1/ 9, 10 東京:昭和女子大学人見記念講堂
1/16 宮城:東京エレクトロンホール宮城
1/17 愛知:名古屋市公会堂
1/21 大阪:オリックス劇場
1/24 北海道:カナモトホール
1/27 兵庫:神戸国際会館こくさいホール
1/28 福岡:福岡市民会館
1/30 香川:サンポートホール高松
1/31 岡山:岡山市民会館


▼藤井風さんについての1年日記はこちら▼

▼『旅路』レビューはこちら

ABOUTこの記事のライター

山口県生まれ、東京都育ち。別業種からフリーライターとして独立後、Culture Cruiseメディアを立ち上げ、『Culture Cruise』を運営開始。現在は東京と神奈川を拠点としている。 カルチャーについて取材・執筆するほか、楽曲のライナーノーツ制作、小説や行動経済学についての書籍も出版。音楽小説『音を書く』が発売中。趣味はレコード鑑賞。愛するのはありとあらゆるカルチャーのすべて!!