【藤井風『旅路』】ライブで聴いた日から今日までのレビュー

藤井風さんが2021年3月1日にリリースされた『旅路』についてのレビューです。初めて聴いた日まで時間を戻し、今日までの移り変わってきた印象をまとめました。




2020年暮れの「旅路」

今から遡ること2ヶ月余り、2020年12月25日のクリスマス。ありがたくも藤井風さんのホールツアー初日公演を拝見することができた。

ライブについては、曲名や演出に触れずにレポートした記事、その後のnoteにも書いています。

・藤井風『HELP EVER HALL TOUR』ネタバレのないライブレポート

・【背負う人、支える人の想い】藤井風さんの全国ツアーがコロナ禍で開催されたことの意味(noteサイト)

初めて『旅路』を耳にしたのはこの日だった。

ライブレポはネタバレなしと決めていたのでこの曲のことは書けなかったが、ツアーが終了した今、脳内をひっくり返して記憶を辿り、印象を書き出そうと思う。


2020年12月25日のライブ。本公演が終わって、盛大な拍手とともに迎えたアンコール1回目も無事終了。

風さんもバンドメンバーも舞台袖にはけて行き、ステージには楽器だけがぽつんと残されている。これで終わりかと思いきや、2回目の拍手は鳴り止まない。

コロナ禍での開催により、マスクもしているし声も出せず、拍手が唯一のコミュニケーション手段だったため、「鳴り止まない拍手」は平常時以上に特別な意味を持っていた。

そこにアンコール2回目の風さんが1人で登場。この間、館内放送を流したり、照明を明るくせず、アンコールの雰囲気を察してくれた関係者さんに私はお礼を言いたくなったのだが、実際のところどうなのでしょうか。

「『何なんw』で終わるつもりだった」「できたてホヤホヤなので、歌詞は間違えるかも」「クリスマスとは関係ない」といったことを口にしながら、ピアノの前にスタンバイしてくれる風さん。

「『旅路』という曲です。」とささやくような風さんの曲紹介から、ピアノ1本だけのシンプルな弾き語りが始まる。

少し口ごもる箇所はあったかもしれないが、それはそれでできたて感があって良かった。全体的には間違えている素振りもなく、はっきりと歌われていたように思う。

ピアノの弾き語りなので当然ではあるが、無駄を削ぎ落とされたアコースティックな曲だと感じた。

ここにアレンジが加わったとしても、シンプルなバラードには変わりない。少なくとも『へでもねーよ』みたいに展開することはないな、とかよく分からないことを考えた気がする。

歌詞は「あの日のことは忘れてね」の後に「忘れるね」があったり、「この宇宙が教室なら 隣同士 学びは続く」「お元気ですか  この町は相変わらず青春です」の部分が印象に残った。

誰かに語りかけるような曲だなと思ったし、「この町」ってどんな町なんだろう?と考えたことを覚えている。コンセプチュアルな歌詞の内容から、書き下ろしのタイアップかもしれない、とも思った。

できたてとはいえ「新曲だぜ!いえあ!」なドヤ感がなくて「こんな曲ができたんだけど、気に入ってくれるかな?」って親しい友に聴かせる放課後の音楽室みたいな、懐かしさを感じるような時間。

その優しさが嬉しくもあり、ほんの束の間の穏やかな時間だと思うと苦しくもあった。

その後のツアーにもこの曲は連れられていったようなので、より精度を増したり、形を変えたかもしれないが、初日公演で私はこのように感じた。

サビのあらましは消えることなく、というよりも、忘れたくなくて何度も反芻していたのかもしれない。ピアノを弾く風さんの横顔とともに、ずっと頭の中にあるまま年を越した。

『にじいろカルテ』の「旅路」

『旅路』は高畑充希さん主演の2021年1月期ドラマの主題歌だった。執筆現在も放送中だが、私も毎週欠かさず拝見している。

アドリブの空気感を大切にした、舞台のようなドラマだなと思う。

物語の内容もさることながら、ト書きにとらわれず、役者陣がこれまで重ねてきた経験を駆使して創り上げているような世界観が素晴らしいドラマだ。

ドラマを通して少しずつこの曲も姿を現し、ライブで聴いた日の記憶が揺り戻されたりした。

ドラマの前半戦はずっと1番のみだったが、第6話では初めてフル尺で流れ、それだけで歓喜してTVerで見返した。しかも、切なくも感動的なシーンなので、涙なしで聴くこと不可避。

エンディングにフェードインする形で、セリフとかぶっているので聴き取るのは難しいが、泣きながらも、「リバーブが大胆にかかってるな」とかの確認はできた。シンセベースにもここで初めて気付く。

1番だけだった先週までと印象が変わった。ということは、2番がけっこうエフェクティブだということか。などと推察。

『にじいろカルテ』は医療ドラマだが、ただ重苦しく捉えて描く内容ではない。

認知症を患い、夫の存在も忘れていく女性を安達祐実さんが好演されている。

高畑充希さん演じる主人公含め、できることができなくなっていく、昨日と違う今日が訪れることが一つのポイントになっているように思う。

曲中にも、

誰かを愛したり 忘れたり 色々あるけど

という歌詞があったり、“忘れる”というフレーズが4回登場する。

藤井風さんの1年日記の記事で私は、『帰ろう』の “わたしが先に忘れよう”という歌詞に対して「忘れるというのは、実はすごい技術なのかもしれない。」と綴った。

このドラマを観ていて、また私情でも身近で思うところがあり、この気持ちが確信に変わっていく。

忘れれば、リセットできるということだ。新たに手にすることもきっとあるはず。恐れずに進み、向き合っていきたい。

音源の「旅路」

そして2021年3月1日に、デジタルシングルとしてリリース。Spotifyで0時ちょうどに聴き始める。

TwitterでCulture Cruiseというか私はこんなことをつぶやいていた。

我が家で総動員できる限りの高音質で聴きますと、ドラマ上で聴いていた以上に豊潤な音のレイヤー、宝箱からいろんな音がキラキラと飛び出してくるような感覚で、泣いてます。

@CultureCruise

またいろいろ言ってるけど、宝箱からいろんな音が飛び出してくるように感じたのは、最初に聴いたのがピアノの音だけだったからかもしれない。

シンプルだったあの旋律が、たった数ヶ月でこんなに豊潤な音の重なりとなって自分の耳まで届いたことに感動が止まらなかった。

すべて私の憶測だが、1番は劇中で流れることも考慮してヴァースはクリアに、サビは少し華やかに、という印象。木琴の音かわいい。

1サビ以降は徐々にリバーブが強くなり、2番は曲の世界観重視で自由なアレンジ。シンセベースが効果的に響き、奥行きが生まれている。

2サビは一瞬音が控えめになってクライマックスが作られているが、実質の大サビはなく、アウトロは15秒程度しかない。つまり、後味が想像以上にすっきりさっぱりしているのだ。

アートワークやタイトルからすると、暗い曲なのかなとか想像するのだけど、全然もたつきがない。

食べ物の味を、こってりした見た目以上にあっさりしていると形容することがあるが、あんな感じだ。でもちゃんと満足感はあるのだ。

軽くてPOPというわけでもなく、しっかりとした意義を残しているところも、ドラマの雰囲気に合っている。

曲自体は藤井風さんならではのさりげない転調も効いているが、個人的に思ったのは、各楽器のサステイン(余韻を残すか残さないか)に気を遣われているのではないかというところだった。

ドラムに始まりドラムに終わっている曲で、爽やかさのカギを握っているのはハイハットの役割が大きいと感じるし、サウンドとしては目立っているがしつこくない。要するに教頭先生。

鍵盤の方にかなりリバーブがかかっているので、ドラムはリリース遅めで歯切れよく仕上げたのかなという気がした。

ちなみにギターはここぞという時に出てくる非常勤講師。例えてばかりでごめんなさい。

とにかく、バランサーとして優れたチームであることをまた知らしめる曲になったのではないだろうか。

テレビ初生演奏の「旅路」

リリースから約22時間後、テレビ朝日系列の『報道ステーション』にてテレビ初の生演奏を披露されていた。

Mステではなく報ステなのだ。いつも。風さんが地上波で生演奏、それは報道級だ。

今回もYouTubeに残してくれて、しかも放送時よりも長い完全版になっている。

服装はChampionのNYU Tシャツにデニム姿でラフだった。

緊張されている姿も、2番以降のバチボコにかますフェイクも、風さんは風さんらしさを失わない方だと思った。

なおかつ、同局ながら『にじいろカルテ』の“に”の字も出て来ず、一貫して「卒業する みなさんへ」という企画に徹する番組の潔さを感じた(褒めてます)。

一応大人な私は、スランプに陥った自分からの脱却、辛さを忘れ、弱さを卒業するつもりで勝手に賜ることとする。

きっとまた立ち止まってしまうだろうけど、長い旅路が続くと思えば、それもたった一瞬の通過点に過ぎない。

それがターニングポイントとなって、良い方に風向きが変わることだってある。

このサムネイル、少し間違えてはにかんだ時の表情ですよね。結局いろんなことがうまく回っていく方だ。

生演奏を聴いてとても懐かしい気持ちになり、記憶が一つにつながった。

この映像は、忘れないように繰り返し頭の中で反芻していたあのクリスマスの夜に一番近いものだ。

「またここに戻ってきた」と一巡したような気持ちになった。この数ヶ月間だけでも自分の中でいろいろなことがあって、船旅から港に戻ってきたような。

でも、旅路が続くのであれば、ここで終わりではない。どこかの町に寄港して、パワーをもらったらまた旅に出るのだ。

Culture Cruiseも船旅になぞらえて“Bon Voyage”をテーマとしているので、このサイトにも旅を続けさせてあげたい。続けさせてください。

自分のことで着地してしまって恐縮なのだが、きっとリスナーの一人ひとりが、自分に置き換えて思いを巡らせるような、そんな曲なのではないかと思う。

この曲の印象も変化していって、昨日と違う今日が作られていって、この記事の続きも更新されるかもしれない。

旅をやめなければ、路は続いていく。

ひとまずここまでが「今日」の記録です。

素敵な曲をありがとうございます。

文/長谷川 チエ


藤井 風  公式サイト

▼このレビューの編集後記はこちら▼

 

▼藤井風さんの全国ツアーライブレポ▼

ABOUTこの記事のライター

山口県生まれ、東京都育ち。2016年、別業種からフリーライターとして独立。2017年にCulture Cruiseメディアを立ち上げ、『Culture Cruise』を運営開始。現在は東京と神奈川を拠点としている。カルチャーについて執筆するほか、楽曲のライナーノーツ制作、別名義で小説や行動経済学についての書籍も出版。趣味はレコード鑑賞。愛するのはありとあらゆるカルチャーのすべて!!