eillさんが2022年9月にリリースしたデジタルEP『プレロマンス / フィナーレ。』のレビューを起点に、映画『夏へのトンネル、さよならの出口』についても書きました。映画のネタバレはありません。
eill「フィナーレ。」
eillさんの新曲がリリースされる時は必ずチェックしている。
いつも本当に素晴らしいけれど「フィナーレ。」を聴いた時は、うわぁぁって感情が溢れ出してきて、私の時間がしばらくこの曲に占拠された。
秒針が進むように、刻まれていくリズム。それに合わせるように、ピタッと収斂されるようなメリハリのある音。
デジタルクワイア風のコーラスが重なるサビが、壮大に華やかに余韻を残している。
壮大さの裏で、大胆にもブレイクが支配している曲だと思った。
それに対してeillさんのヴォーカルは一緒に立ち止まったり、歩き続けたりしている。すべてをリードするeillさんのヴォーカルが甘くて切なくて、この曲の内部に感情を宿していく。
ブレイクが差し込まれながらも、呼吸を止めず流れるような印象すら受けるのは、やはりこのヴォーカルと、サビ後半の工夫、そして曲全体が大サビのフィナーレに向かって突き進むようなストーリー性を帯びているからかもしれない。
2番はサビを削ってコンパクトになっているので、ほとんどブリッジと一体になっているような感じ。それにより大サビの壮大さがいっそう強まる。
ストリングスからピアノ、エレキギターにつながって途中少しだけアコギが混ざる。そして再びラストのストリングスからエレキギター。最後にはピアノとヴォーカルだけがぽつんと残る。丁寧で見事な筋書き。
アニメ映画の主題歌として作られた本作は、今回も宮田’レフティ’リョウさんとタッグを組んで制作されている。
eillさんは「映画を観た帰り道に曲を聴いて、もう一度泣けるような曲であってほしいと思って作った」と語っていた。
だんだん映画が観たくなる
アニメ映画の主題歌ということは知っていたけれど、私が心を掴まれた第一段階は音源だけだったので、映画のことはあまり考えずに聴いた。
正直に言うと「この作品は配信で観られるようになったら観よう」という判断を、自分と会議もせずに私は決めていたと思う。
しかし、この曲は時計の針で時空の歪みが表現されていたり、原作が海の街の物語なので、eillさんは真冬の江の島に、雨や電車の音を録音しに行ったともお話されていた。
ちなみに、eillさんはよく楽曲制作でフィールドレコーディングをされていて、私はそんなeillさんのリアルな音と向き合う姿勢も好きなのだ。
さまざまなギミックが詰まったこの曲のことを知れば知るほど、映画に捧げられた献身さが伝わってくる。
映画の世界観を知れば、きっともっと素敵に響くだろう。だから「映画を観てみたい」という気持ちになった。
何より君はエンドロールマニアではないか。大好きなeillさんの曲がエンドロールで流れるところをスクリーンで見届けなくてどうする?
自分にとって、eillさんの曲か、映画か、どちらが主人公になるのだろうという興味もあった。
本当はすぐにでも行きたかったが、立て込む仕事と台風に遮られた。でもその間に原作を電子書籍で読むことができた。ありがとう台風14号とテクノロジー。
14号が去るのを待ってから、私は映画館に行くことにした(そして観終わってスタバで今この記事を書いてます!)。
映画『夏へのトンネル、さよならの出口』
八目 迷さんのライトノベルを映像化したこの映画は、鈴鹿央士さんと飯豊まりえさんが声優としてW主演されている。
オーディションを受けて花城あんず役を手にしたという飯豊さんは、頭脳明晰で意志の強い花城さんの心情を多彩な声で表現されていた。
塔野カオル役の鈴鹿さんは、平静を保ちながら、心の中で泳ぐ感情の起伏を演じてみせた。
いつしか、このおふたりが声を演じているということを完全に忘れて、アニメ声優さんのような感覚でのめり込んでしまった。
作画の美しさにも見惚れてしまうような作品で「高校生のひと夏の青春恋物語」という内容ではなく、ひと夏どころか時空を超えたSF要素が絡み合っている。
エンドロールで流れる「フィナーレ。」は、まさに満開の花火のように、スクリーンから降り注いだ。
最初に「フィナーレ。」を聴いた時の、うわぁぁって溢れ出した私の感情は、ここにつながっていたのかと理解した。
ちなみに劇中では、同じく今作のEPに収録されている「プレロマンス」と「片っぽ(Acoustic Version)」も流れる。いや流していただける。つまりこの映画の中で、3曲もeillさんの曲を聴くことができる。
ただし、“自分にとって、eillさんの曲か、映画か、どちらが主人公になるのだろう” と当初湧いていた興味は、もうどうでもよくなっていた。どちらも高めあっているし、両方あるからどちらも輝くのだ。
83分の上映と聞くと短く感じるが、その中に命を削ってできたクリエイティブが詰まっていると考えるとすごいことだし、それ以上の時間ずっとスクリーンを見つめていたような、密度の濃い時間だった。
「プレロマンス」
劇中歌の「プレロマンス」は、☆Taku Takahashiさんがプロデュースとして参加されている。
駆け出していくような疾走感が2Stepによって表現されているところ、しかもそれがポイントで使われることで、きちんとポップであり続けている。
2Stepといえば☆Takuさんと言っても過言ではない。90年代後半〜2000年代初頭にかけて流行した2Stepを、m-flo「come again」で日本のメジャーシーンにも広くもたらしてくれたことは、日本の音楽史に残るほど画期的なことだ。
だからこのコラボはめちゃくちゃエモい。しかも、リモートでアレンジを行なうコラボも増えている中、☆Takuさんとは一緒にスタジオでわちゃわちゃ楽しく制作されたという尊さ。
ここ数年はHIPHOPを中心に、2Stepリバイバルが巻き起こっている。しかしアニメ映画の劇伴として使用されるような楽曲で、こんなに爽やかな仕上がりで耳に届いてくることはほとんどなかった。
何なら流行していた当時ですらなかったのではないか。それくらい、2Stepをポップに切り取るのって難しいのではないかと思っている。
eillさん、レフティさん、☆Takuさんはそういう曲作りや音の取り入れ方が本当に上手だ。
そしてeillさんと☆Takuさんのコラボといえば、m-floの「tell me tell me」(2020)。eillさんはm-flo lovesのヴォーカル似合いすぎだし、 そんなおふたりの楽曲制作が合わないはずはないという感じ。
さらに、田口智久監督が「まるでこの映画のためにあるような曲だと思った」という「片っぽ(Acoustic Version)」は、2020年にリリースされていた曲を別バージョンとして再録されている。
原曲はシンプルな印象ながら、ギターソロがあったり、アレンジも凝っている。今回は、さらに原点に戻るような弾き語りのアコースティックバージョンに。
この曲が流れるシーンには意表を突かれて、なるほど! という感じだった。
これらの曲を、eillさんはまだ色が付く前の、線で描かれた状態に音声収録されたものを観て制作されたという。eillさんは「マッチ棒みたいな」とも例えていた。
映画のタイアップという大役を果たしながらも、ハンドメイドであり続けた素晴らしいEPだと思った。
eillさんの歌はとても不思議で、聴いているうちにリスナーの自分が主人公になって自分の曲になっていたりする。
切なくて愛くるしさを纏ったeillさんの声は、胸をぎゅっと締め付けられるような気持ちになる。
それは、誰かに引き出してもらわなければ気付かないような、現れないような感情。
「フィナーレ。」ではその引き出された感情が空に舞って、ふわっと消えていく。本当に花火のようで、だからこの曲は儚くて美しいのだと思った。
この曲をスクリーンのエンドロールで聴けたことが、夏の終わり、秋の始まりの記憶として刻まれました。
文 / 長谷川 チエ
▼原作ファンが観た映画『東京リベンジャーズ』