新境地を切り拓いた今市隆二「Alter Ego」レビュー

三代目 J Soul Brothersの今市隆二さんがRYUJI IMAICHIとしてリリースした4thデジタルシングル「Alter Ego」のレビューです。最近音楽系の記事を書くときはかなり精神を研ぎ澄ませているので、今回は少しリラックスして書きたいと思います。




「Alter Ego」= 別人格

この曲名は「アルターイーゴ」と発音するそうですが、一般的には「オルターエゴ」と言う場合も多く(私はむしろこちらの方がなじみがある)、「アルターエゴ」と言ったり、いろいろですね。

足の長さに気を取られ…もはや西部劇とかいけちゃう感じですよね。

監督のBenny Nicksがフルバージョンをアップしてくれていましたが、それをここでさらっと流して良いものか? ためらいを感じたので、ひとまずYouYubeの途中までバージョンを。

しかしこれはフルで観ないと内容を理解しづらいかもしれませんね。とにかく、今市さんがヒーローだっていう話です。

「Alter Ego」とは別人格の事を言い、第二の自我=他我(他者の持つ自我)などという解釈もされるそうです。ちなみに「alter」とは作り変える、改造するといった意味があります。とにかく自分ではない、何か別の存在のことを指しているんですね。

作曲とプロデュースはThe Weekndのコラボレーターとして活躍するIllangelo(イルアンジェロ)が担当しているということで、鎖国していた島国日本に、新たな音が伝来したかのような。

「Angel」もそうですが、ただ草原で歌うだけのMVではなくて、古い映画のようなストーリー仕立ての、しかもさまざまな技法が用いられた複雑なMVになっています。

緩さがポイントのダウンテンポ

この曲をジャンル分けするのは難しいのですが、今市さんはフューチャーR&Bとおっしゃっていました。複雑で独特なリズムと漂う浮遊感がクセになります。

同じ音が繰り返されるオーガニックなトラック、空間の広がりを感じる幻想的な世界は、アンビエントにも近く、作業用BGMとして聴くのも心地良い。小説を読みながら聴いてみたのですが、本の世界を全然邪魔しなくてお気に入りでした。

フューチャーR&Bはその名の通り、R&Bに次世代音楽を織り交ぜたようなDTMです。この界隈で成功しているのはフランク・オーシャンあたりですかね。

割としっかり歌ものなんだけど、力は入れずにレイドバックに。曲調はダウンテンポで限りなく緩く、という感じ。

Provider – Frank Ocean

洋楽ではこういう音もメインストリームとして使われています。「Alter Ego」は今市さんの魅力である繊細な声質を引き出して、上手く生かした点が素晴らしいと思います。

「ONE DAY」の見事だったR&B節を、今度は「Alter Ego」で緩く、柔らかく活用する。歌い方も力まずにリラックスした感じが伝わってきますね。この路線がハマる男性アーティストは多くないので、新境地であり将来性を感じます。

特大ヒットを打つのは決して容易ではないジャンルですが、またしても堂々と挑戦した今市さん、今回も素晴らしいです。その心意気はきっとちゃんと、みんなに届いているはずです。




「Alter Ego」エミネムさんの場合

エンターテインメント界では、アーティストやタレントが別のキャラクターを演じることをalter egoと呼びます。

例えば、氣志團の綾小路翔さんがDJ OZUMAに扮するケースがありましたよね。

古坂大魔王さんとピコ太郎の関係とか。このあたりは、別の人物という設定だそうなので、厳密に言うと違うのか、ちょっと分かりませんけどもニュアンスとしてはこんな感じです。

広義な意味では、著名人が別名義で作家として本を出したり、というのも含まれますね。私も実は名義を変えて記事を出したりしています。

ちなみに私がすぐに思い浮かべたのはエミネムです。彼はエミネムというアーティスト名の他に、スリム・シェイディとかマーシャル・マザーズ(これは本名)という名前で度々曲やMVに登場するのです。

彼のalter egoの奥深さ(というか根深さ)を語り出すと何記事も出来上がってしまうくらいなのでここでは0.1%くらいしか話しませんが、alter egoをうまく操作して多面性を出しているアーティストと言えます。

貧困層で育った上に両親から虐待を受け友達にはいじめられ、悲痛な人生を歩んできたことでも知られています。

自分の存在意義を示す曲も多く、時にはハッとするような自虐や風刺的なメッセージが込められていることも。

エミネムにとってalter egoは自己表現であり自己防衛である。それと同時に、親への報復のようにも感じられ、さまざまな意味合いが含まれています。

そんな影響から、独特の世界が広がる彼の楽曲が、波紋を呼びながらも人気を支えています。皮肉にも彼の辛い過去が、アーティストとしての強みに繋がっているとも捉えられるのではないでしょうか。

「Alter Ego」今市隆二さんの場合

今市さんの新譜のタイトルが「Alter Ego」だと伺った時は、何かまたやってくれるのではないかという未知なる期待と同時に、エミネムのことを思い浮かべた私は、何か深い闇のようなものを想像しました。

私にとって今市さんは、嬉しい時は笑顔で喜び、悲しい時は悲しむ。先日「恋と愛」のレビュー記事で書いたような、「人間らしさ」をとても素直に、飾ることなくありのままで表現する方だと受け止めています。

そんな彼が「Alter Ego」というタイトルで曲をリリースする。なんですと!裏表のない今市さんにもそんな一面があるの?

……ある。あるとすれば、今市さんは歌手になる以前、全く違う人生を送っていたと思うんです。

このMVの中のヒーローである彼を、おそらく数々の武勇伝を生み出していたであろうかつての今市さん(@川崎)のような姿と重ねてしまうのは、私だけではないはずです(そうでもない? 分かりません)。

これはれっきとしたalter egoではないか。当人は使い分けているつもりもないのでしょうけれども。

ステージに立つお仕事をする方は、誰しも二面性を持っていると思うのですが、今市さんもステージ上では違う表情を見せてくれますよね。キラキラ輝いている時もあれば男らしくてクールな一面もあったりと。

これもまさしくalter egoだと思うのです。その姿も、過去のさまざまな経験が作り上げた成果かもしれませんよね。

同じ人物でも、違う時代を生きた別人格のように思えて、それでも一つの人生を生きている同じ人間なわけで、思いを馳せるとどんどん壮大な哲学が広がります。

そんな深いテーマに挑んだソロプロジェクトだと感じました。

文 / 長谷川 チエ(@Hase_Chie

▼「恋と愛」について

ABOUTこの記事のライター

山口県生まれ、東京都育ち。別業種からフリーライターとして独立後、Culture Cruiseメディアを立ち上げ、『Culture Cruise』を運営開始。現在は東京と神奈川を拠点としている。 カルチャーについて取材・執筆するほか、楽曲のライナーノーツ制作、小説や行動経済学についての書籍も出版。音楽小説『音を書く』が発売中。趣味はレコード鑑賞。愛するのはありとあらゆるカルチャーのすべて!!