FIVE NEW OLDが2021年4月7日にリリースしたアルバム『MUSIC WARDROBE』のレビューと、ライブツアー東京公演の振り返りを書きました。
7 : 3の進化
ここ最近、ずっと考えていたことがある。「〜さんらしい」というのは、制作者にとって褒め言葉なのだろうか。
少なくとも私は「長谷川さんらしい記事ですね」と言われたら、それは執筆のアップデートをすべき時だと感じる。
もちろん、悪意なく言ってくれたその人はまったく悪くないどころか、一言でもフィードバックしてくれただけでありがたい。私も誰かにそう感想を伝えたことは何度もあるし、今後も言うはずだ。すべては自分。自分自身に納得がいかないのだ。
同じような記事を書き続けることは、そう難しいことではない。しかし立ち止まっていては、景色を変えることはできないし、その先の扉も開かない。
クリエイターとして上を目指す者であれば「今度はそうきたか」という驚きや発見とともに、評価してもらえることが喜びなのではないだろうか。
そんなことを考えていた矢先、FIVE NEW OLD(以下、時々FINO)が移籍後初となるアルバム『MUSIC WARDROBE』をリリースした。
振り返れば、前作『Emulsification』(2019年)も、音へのこだわりが感じられる素晴らしい作品だった。
FINOのことだから、きっとまた良いアルバムができるのだろうと期待しつつも、コロナ禍で制作も大変だっただろうし、前作を超えられるのだろうかとか、勝手に考えてしまう自分がいた。
しかし、それは杞憂となり散っていった。開始1分くらいで。速すぎる。
「これは、すごい。とんでもなく進化している。」
FINOらしさを一旦置いておかれた感じがかっこいいと思った。具体的に言えば、これまでのFINOらしさを3割程度残したまま、7割の推進力で新しいステップへと踏み出している。バンドが進化するためのお手本のようなアルバムではないだろうか。
既存のファンは「うわぁかっこいい!」となるし、初めて聴いたリスナーは「うわぁかっこいい!」となる。みんなにとってかっこいい。
CDとしても発売された『MUSIC WARDROBE』。私がもしCDショップの店員だったら、大きく展開して店内を駆け回って全力でこのアルバムを手売りしたい。それほど、今もっとも広く知られるべき作品だと感じる。
アルバム『MUSIC WARDROBE』
開始1分で心を掴まれたのは、「My House」で今までのFIVE NEW OLD楽曲では見えなかった景色が広がったからだ。
「Summertime」からはタイアップ曲が並ぶ。今回はタイアップやシングル曲も多いが、そこに頼らず1枚のアルバムとしてのクオリティを追求する潔さを感じる。
「Sleep in Till The Afternoon」は、自分がFINOを聴く理由そのものみたいな曲だ。Culture Cruiseで作成している2021年の名曲プレイリストに秒で入れた。
「How to Take My Heart Out」は、Lo-Fiでチルなインストの「Oblivion」から、その世界を引き継いでいるような印象を受ける。個人的にこの曲はとても好きだが、「Oblivion」から続くことで好きが倍増している。
こういった流れを含めて音を楽しむというのは、シャッフル再生ではなかなか気づけないので、盤であることの意味も見出せるし、やはりSpotifyはプレミアムにかぎる。フリープランだとシャッフルおじさんの邪魔が入る。
「Chemical Heart(feat.Masato from coldrain)」や「Knock Me Out」などのハードな曲が浮かないのは、前後の「Nebla」や「Plane Garden」がボラティリティの隙間を埋めているからではないだろうか。尊い。
ビッグバンドの多幸感を思わせる「Light Of Hope」は、聴き方によってアルバムの一部どころか、エンターテインメントの中心みたいに輝く。『MUSIC WARDROBE』というミュージカル映画の劇伴のようなシナリオすら浮かんでくるのが面白い。主人公にトラブルが起きる前の平和なシーンで流れそう。FINOのキャリア10年分が結集するようなアウトロは何度聴いても圧巻だ。
そこから「Vent」につながると考えるともはや愛おしい。初めて本格的な日本語詞で表現されたこの曲は、アルバムの中に混ざるとより歌詞が際立つことに気づかされる。
HIROSHIさんの亡きご祖母への歌であるという「Moment」は、リスナーの感情にダイレクトに訴えかけるような、パーソナルなバラード。思えばこういう曲はFINOのイメージにはなかったので、バンドとしての新しい一面が見られそうだ。
全体的に、特にインストではLo-Fiな雰囲気が印象的なのだが、最後の「Awakening」ではアンビエントで空間の広がりを感じ、終わりだけど終わりでないような、次の世界に繋がるような扉が見える。
インスト曲の存在感がすごい
いくらフィジカルでも発売されるとはいえ、ストリーミング主流の今、インスト曲をここまで大胆に盛り込むのは勇気のいることだったと思う。しかしこれらが、『MUSIC WARDROBE』を名盤へと導いている立役者だと断言してもいい。
後半にエフェクティブなヴォーカルが乗る「My House」もインストとカウントすると、16曲中5曲がヴォーカルレス。「How to Take My Heart Out」も実質サウンド重視のように感じるし、約3分の1はサウンドのみで勝負している。
曲間のバランスを取る役割も果たしているように思うが、ただInterludeとしてそこにあるのではなく、しっかりと作り込まれた、意思を持った曲として大きな存在感を残している。
だから曲をスキップするという選択肢が浮かばないのだ。邦楽では歌ものが好まれるので、このアルバムのように実験的で効果的なInterludeが組み込まれる作品が少ないように思う。本人はやりたくても、レーベルが首を縦に振らない場合もある。
曲単体ありきのコンパクトな制作が重視される中、時代に逆行するような音へのこだわり、インストで隙ありまくりなアルバムをあえて作った彼らに私は脱帽した。
しかし蓋を開けてみれば、ストリーミングで聴いても無理がなく、「気づいたら最後まで丁寧に聴き続けていた」ようなアルバムだ。ロジカルで効率的に音楽制作をすること自体にも疑問が生まれてくる。
『MUSIC WARDROBE』ライブツアー
そしてこのアルバムを引っ提げ、FIVE NEW OLDは全国ツアーを開催。私は初日の東京公演を拝見した。
この状況、わりと最近もあった。藤井風さんのホールツアーだ。その時もツアー初日公演だったので、悩んだ末に曲名が一つも出てこないライブレポを書いた。
藤井風『HELP EVER HALL TOUR』ネタバレのないライブレポート
書きたくても書けないのはぎゃあ! っとなる。しかしこれだけは言える。FIVE NEW OLDはたくさんの幸せをくれた。きっとこの先のツアーでも振りまいてくれるだろう。
こんなに幸せを分けてくれて、どうかこの4人の幸せが減ってしまわぬようにと、祈ったほどだ。何なんだこの祈りは。私は何度も目がうるうるしたし、実際に泣いたし、楽しさが募るほど泣きたい気持ちにもなった。
ポジティブでアッパーな曲なのに、こんなに泣きたくなったのは初めてかもしれない。4人がとても楽しそうで、客席を見る時はニコニコしてくれて、その笑顔が本当にいい表情だったから。
バンドだからできる表現でもあり、バンドが持つ潜在的なポテンシャルを引き出してくれるようなライブだと思う。
FINOのオフラインでのライブを観たのは、楽曲提供もされたFlowBackとの対バンツアー以来、約1年ぶりだった。
FlowBackが繋いだ音楽 “Connect”ツアーファイナルレポ
FINOはとても自然に観客を一体にさせてくれるけれど、コロナ禍で制限のある中、その特徴がどんな風に生かされるのかと考えていた。
しかし制限があろうがなかろうが、始まってみれば関係なかった。彼らは自分たちの力で景色を変えていけるバンドなのだ。
2020年を経て感じた共感覚
2020年はFIVE NEW OLDにとって、10周年という記念すべき年だった。先日のライブでは、パンデミックの中で思うように活動できなかったはずの4人を見て、何度も胸を締め付けられる思いがした。
それでも、彼らの音楽はずっとカラフルで、その色にどれだけ救われてきたか分からない。コロナ禍において、FIVE NEW OLDにしかできない表現だったと思う。このバンドが持つ共感覚的な魅力を、私は何度も再確認することとなった。
そして完成した『MUSIC WARDROBE』は、FIVE NEW OLDの新境地を拓くような作品だった。
手持ちの服を大切にしながら、新たな服を買い足して、今まで見えなかった景色に飛び込む。景色が違うのは、自分が前に進んでいるということの証だ。
新しい靴を選ぶのも歩いて行くのも自分だけど、FINOはいつも、その先の扉を開けてくれる。
文 / 長谷川 チエ
”MUSIC WARDROBE” Tour
2021
4 / 9 東京 EX THEATER ROPPONGI
4 /11 香川 DIME
4 /16 名古屋 BOTTOM LINE
4 /17 石川 vanvan V4
4 /22 大阪 Zepp Namba
4 /24 熊本 B.9 V1
4 /25 福岡 BEAT STATION
5 / 4 宮城 トークネットホール仙台 (仙台市民会館)
5 / 9 岡山 YEBISU YA PRO
5 /13 北海道 PENNY LANE 24
5 /16 新潟 studio NEXS
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