【れん 20歳のバースデーインタビュー】大学生活とサッカーに打ち込んだ日々、音楽のルーツ

6月25日に20歳の誕生日を迎えたアーティストのれんさんにインタビューしました。大学生活とアーティスト活動の両立、サッカーやご家族のお話など伺っています。


大学と楽曲制作

ーーれんさん、お誕生日おめでとうございます! インタビューしたい人は誰ですかって聞かれたら、ずっとれんさんと答えていたくらいだったので、今日はとても嬉しいです。

本当ですか? うわぁ嬉しいです! ありがとうございます。

ーー先日は大阪のライブでしたよね。どうでしたか?

バンドを連れてのライブが3回目で、ワンマンライブも5回目くらいで、やっとコロナが緩和されて声出しもOKになってから初だったので、新鮮な気持ちで臨めました。公演中も今までとは違う感覚でしたね。生の声が聞こえるし、お客さんの存在が肌で感じられるし、楽しかったです。

ーー 一緒に声出しできるって良いですよね。大阪公演の日は、私も誕生日でして。

えぇ! 6月ですか? おめでとうございます!

ーーありがとうございます! れんさんのお誕生日ももうすぐですが、実感ありますか?

やばい(笑)! 20歳の当日にライブを計画してしまったが故に、誕生日よりもライブという認識が強くて。ライブの後に誕生日がついてきてる感じです。

ーーまずはライブの成功という使命感ですね。現在は大学にも通われていますが、音楽活動との両立で、難しさを感じることはありますか?

この時間に行かないと単位が取れないとか、縛られるというのはありますね。義務じゃなく自分の意思で通っているわけなので、自分で決めたからには行かないとと思いつつ、制作もあってバランスは取りづらいですけど、規則正しい生活をする要因にはなっていますね。

ーーいい方に作用することもたくさんありますよね?

聴いてくれる人は学生とか、社会人として働いてたりとか、家事や育児をやって…という人がほとんどだし、そういう人の気持ちに立って、生活の中で曲が書けるというのは、いいことかなと思います。

ーー大切な視点ですね。れんさんの曲を聴いて個人的には、メロディ先行で作っていて、歌詞はストックよりも、その場で浮かんだものを綴っているのかなという気がしていたんですよね。サビにパンチラインをはめ込んだみたいな無理がなくて、朗読のような。

まさにそうですね。既存で作ったものではなく、メロディの世界観に合った歌詞を入れるようにしています。「ここでパンチライン入れてやるぞ」というよりは、メロディが浮かんだ時にはまるワードを自然と入れてる感じはありますね。

ーーそれで結果、パンチラインになっているというのがすごいです。語尾が跳ねる感じの声質も本当に素敵だなと思うのですが、自覚していらっしゃいますか?

楽しくなっちゃったりしたらよくそういう癖は出ちゃいますね。癖がすごいんだと思うんですよね。高音になればなるほど出ますね。

ーー聞けると何か無性に嬉しくなるんですよ。後半の大サビのあたりとか出ますよね。「最低」とか。

ありがとうございます、よくご存知で(笑)。

ーー「ら行」も印象に残りますし、歌い方とか、何か意識されていることはありますか?

こもった感じじゃなく、ジリジリ成分ありの抜け感は意識してるかもしれないですね。歌っていて気持ち良い発音方法だから、癖が出てしまうのかもしれないです。

ーー倍音がきれいに響きますよね。

倍音はけっこう出てると思いますね。話し声でもそうですし。

サッカーに打ち込んだ日々

ーーれんさんはずっとサッカーをやっていて、鹿島アントラーズのジュニアユースに所属されていたそうですね。偶然ですが、私鹿島サポーターなんです。

本当ですか? 出身はどこですか?

ーー東京です。

じゃあFC東京でしょ(笑)!

ーーですよね。でもずっと好きなんですよね鹿島が。ポジションはFWですか?

ジュニア(小学生)の時はFWで、ジュニアユース(中学生)はサイドハーフをやっていました。あと、小学5年生の時は左サイドバックもやりました。後ろもやっておけって監督に言われて。

ーーなるほど。経験としてDFも知っておけと。

はい。それが活きてサイドハーフもできるようになったし、結果として相手が嫌がる攻撃を知ることができたので…これなんの話(笑)?

ーーすみません、個人的なサッカー熱が出てしまいました(笑)。でもみんなも知りたいんじゃないかなと思って。海外遠征も行きましたよね?

行きましたね。小学生でイタリア、オランダ、中学ではブラジル、韓国とか。

ーーかなり有望だったのですね。もっと学校で遊びたいのにとか、思わなかったですか?

そんなに思わなかったですね。サッカーが楽しかったので。OFFがなかったわけではないですし。

ーーOFFは勉強に充てなければ、とかもなく?

親が厳しくて、ちゃんと勉強しろという感じだったので、23時に帰ってきて、そこから勉強したりはしていました。

ーーいやいや、寝れないじゃないですか。

負荷かけまくり。身体によくない生活でしたね。でもそれがあったから、今こうしてお仕事も大学生活もできているので。

ーーその頃はまだ音楽というものは意識していなくて、選手を目指していたんですよね?

漠然と、サッカーに関することをやってるんだろうなとは思ってましたね。

ーーでは音楽を意識し始めたのは、年齢でいうと?

16, 7歳ですかね。高2の時にコロナでサッカーができなくなって、1ヶ月くらい学校にも行けず練習もできなくて。それでアコギを買ったのがきっかけですね。

ーーギターを弾きたいと思うこと自体が、もう音楽への興味ですよね。

ONE OK ROCKのTAKAさんが弾き語りで歌ってて。ずっと大好きだったので、俺も弾けるようにならなきゃって。それで始めました。

ーー「なりたい」ではないのがいいですね。現在は大学のサッカーサークルに所属されてるんですよね?

そうです。今は週1ですけど、大学の授業がない日に、サークルのために行ってます。ストレス発散になりますね。

ーーサッカーを続ける場所があるっていいですね。卒業後のこととか考えますか?

うーん…何かやるんじゃないかな。やらないと腐る気がします。

ーーそんなことはないです! でも、何か思い立ってやってくれそうな感じはしますね。

音楽のルーツ

ーー2019年からTikTokでずっとカバー動画を上げていらっしゃいますが、ご自身の曲を制作し始めたきっかけは何だったのですか?

やっと弾き語りができて、形になってきたなというタイミングで、オリジナルを書けたらいいなということで。楽曲提供してもらうのもいいけど、自分で書けた方が思いも乗せられると思って、フル尺で初めて作ったのが「嫌いになれない」(デビュー曲)でした。

ーースムーズに制作できましたか?

わりと苦労はしなかった気がします。メロディ探して、浮気されてしまった先輩の話を聞いて、歌詞はめて。パズルを探してはめていくみたいな感じで、楽しみながら数ヶ月くらいで作りましたね。

ーー昔のカバー動画も、それまで音楽を意識していなかったらあんなに細部まで気を配った歌い方はできないと思いますし、ご自身では無意識だったとしても、どこかに歌のルーツが日常的にあったのではないかと思うのですが、どうでしょうか?

本当にそうです。家にカラオケがあったり、母親にサッカーの送迎をしてもらう車の中でも歌ってたし、日常に音楽がない日がなかったですね。ずっと聴いていました。

ーー車の中ではどんな曲が流れていたんですか?

祖母に送ってもらうこともあって、その時はジャズとかフラメンコが流れていることもありましたし、母親の車では自分の好きな曲を流せるので、SEKAI NO OWARIさんとか、ゲスの極み乙女さんとかONE OK ROCKさんとか。

ーーロックバンドがお好きなんですね。

そうですね。父親の車ではB’zさんとかBOØWYさんとか流れてましたし。

ーードライバーによって変わるんですね。その経験が現在の制作に活きてくることはありますか?

メロディで覚えてるから、アウトプットする時に記憶の中から自然に出てるのかなと思いますね。意識はしてないんですけど。

ーー移動時間が長かったということですか?

アントラーズの練習の時は25分くらいで着いたんですけど、土日は試合があるじゃないですか。エリートプログラムとか、県トレ(ユース年代の中心的選手を育成するトレーニング)って、静岡とかまで自分で行かないといけないんです。チームじゃないのでバスが出ないから。だからそういう時は2, 3時間かけて行っていたので。でも、車の中で音楽聴くのはみんなありますよね?

ーーそうですね。でも、子供時代の長時間移動というと、一般的には遊びで遠出するくらいですけど、県トレに向かう車の中って、人生が変わるかもしれない時間じゃないですか? だから記憶に紐づくんじゃないかなという気がしますね。

集中してますよね。

ーーちなみにご家族は、れんさんが今音楽をやっていることに関して、何か言っていらっしゃいますか?

なんも。

ーーなんも!

何やっても否定されなくて、何やってもいいよっていう家族なので。ただ、辞めるって言う時は止めてくれますね。それはありがたいです。

ーー辞める時は一緒に考えてくれるというか。

そうですね。サッカーを辞めたいと一度言った時も「あんなに頑張ってたのに、本当にいいの?」って言ってくれて。アントラーズのトレーナーさんもめちゃくちゃ期待してくれてたから、泣かれちゃって。そういうのを見て、監督とも意思疎通が図れるようになってまた活躍できたので、いいきっかけにはなりましたね。でも、両親は不安だとは思います。俺が言ったら聞かないことも知ってるので、任せるしかないんじゃないですかね。

ーー曲が出た時は聴いてくれていますか?

もう毎回聴いてくれてます。「ほんとにお前が書いたのこれ?」って(笑)。親戚が一番のファン説ありますね。祖母とか。あったかいですね。

新曲について

ーー7月12日リリースの「正論さん」には意外性を感じたのですが、どんな経緯でできた曲なんですか?

世間一般論のものさしで測れるものじゃない、一人ひとり個性があるんだからっていう内容なんですけど、元々は恋愛に対しての曲だったんです。俺を型にはめるような物言いをするなよっていう。それを社会に向けて書き直して、一番作詞に時間がかかった曲になりました。メロディもBメロとか書き直して。レコーディングもしていたんですけど。

ーーそこまで進んでいたのに、もう一度書くのは根気のいる作業だったと思いますが、書き直してまで変えた理由は何だったのですか?

サビが弱かったのと、何か違うなと感じてて。メロディなのか、キャッチーなフレーズなのかで悩んでたんですけど、スタッフさんのアドバイスもあり、10代で書ける不満とか今残した方がいいかなと思ったので。

ーーそれを知るとまた違って聴こえてきますね。先日の大阪のライブでも歌ったんですか?

歌いました。ライブだとより気持ちが乗りますね、こういう曲は。

ーー東京で聴けるのが楽しみです。最後にバースデーライブに向けて、意気込みをお願いします。

楽しみたいなと思います、率直に。来てくれる人と素敵な時間を一緒に過ごせたら、それだけでいいなと思いますね。誕生日でもありますけど、まずは届けたいものを届けて、曲数も増えたので、今まで成長を見てくれていた人もですし、最近知ってくれた方にも。一つ一つ大切にしたいなと思っています。頑張るしかないです!

ーー20代で最初の1日、楽しんでください!

編集後記

最初に曲を聴いた時、年齢も性別も関係なく、どんな方だろうとこの声の主にお会いしたいと衝動的に思ったのがれんさんでした。

その思いが叶ったものの、残り少ない10代最後の時間を有意義にできるように、どうすれば記念となるような記事にできるか、そのことで頭がいっぱいになりました。

考えれば考えるほど、れんさんの歌声は突然心の中を占拠したり、時に水のように流れてきたり、気付けば浮遊する雲のように頭の中に残るのでした。

それと同時に、実際にはどんな方なのかも分からず、全然話してくれなかったらどうしようと、頭をよぎったりもしました。

そして当日、そんな不安も消え去るような明るい笑顔で、れんさんは優しく迎えてくれました。

決して容易ではなかったはずの数々の選択と、それを気さくに話してくれるれんさんを心からリスペクトします。

その選択が重ならなければ、あの楽曲たちは生まれて来なかったのかと思うと、この日お祝いに訪れたつもりが、何かたくさんのものを受け取って帰るような気持ちでした。

初めて聴いた時から、その歌声は今日の今日まで素晴らしいまま、私の感動もずっと続いていたような感覚です。

さらに大きくなったこの感動を、6月25日のライブに連れていきたいと思います。

インタビュー・文 / 長谷川 チエ


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ABOUTこの記事のライター

山口県生まれ、東京都育ち。別業種からフリーライターとして独立後、Culture Cruiseメディアを立ち上げ、『Culture Cruise』を運営開始。現在は東京と神奈川を拠点としている。 カルチャーについて取材・執筆するほか、楽曲のライナーノーツ制作、小説や行動経済学についての書籍も出版。音楽小説『音を書く』が発売中。趣味はレコード鑑賞。愛するのはありとあらゆるカルチャーのすべて!!