【『るろうに剣心』とONE OK ROCK】邦画のエンドロールについて本音で語りたい

映画『るろうに剣心 最終章 The Beginning』を観ました。このシリーズが大好きな私は、全5作品を映画館で観ることを完遂し、そして思ったこと。「ああエンドロールの最後までこの映画が好きだ!」

本編ももちろん良かったのですが、その感想はすでにたくさんあるのですべてぶった斬り、ここではエンドロールの話に終始したいと思います。

よって本記事では、他の映画とワンオクの話で埋め尽くされ、本編のあらすじや見どころが一切出てこないのに『るろうに剣心』を全力で語っています。

つまり、これから映画を観る方でもネタバレなしで読んでいただけますし、「『るろうに剣心』のことは分からないけど映画は観るよ」という方にもきっと理解していただけると思って書きました。




最後の1秒まで『るろうに剣心』だった

『るろうに剣心 最終章 The Beginning』のエンドロールを見ていたら、本編とは明らかに違う種類の涙が出てきた。結局この映画は、第1作目の最初から5作目の最後までずっとかっこよかった。

主題歌はすべてONE OK ROCK。実は私が去年Spotifyで一番聴いたアーティストはワンオクとPerfumeだったらしい。

そのわりにまだ記事にしたことはない、Perfumeの記事もデータベースとともに消えちゃった。どんな管理体制なのだろうかこのサイトは。自分でも分からない。

私は音楽も映画も好きだ。家でごろごろして映像作品を観るのも捨てがたいが、やはり一番は映画館で観ることだ。

上映時間を調べて席を選んだり、ポップコーンはキャラメルなのかバターにするか、観終わったらどこに行くか。一連の行動すべて含めて「映画鑑賞」。前日からワクワクして仕方ないんだよ。

映画はエンドロールまで続く。そんな私の気持ちをいつも裏切らずにいてくれたのは『るろうに剣心』だった。2作目以降は、始まった瞬間から、エンドロールに向け安心して本編に没頭することができた。

ヴォーカルTakaさんのまっすぐな言葉選びとバンドの全力な姿勢は、普段の発信からも窺い知ることができる。だから絶対に大丈夫だという確信が最初からあったのかもしれない。

映画の場合は、エンドロールで初めて主題歌に出会うことが多い。そこに“映画好きかつ音楽好き” ゆえのロマンが詰まっている。

ラストに驚愕したいとか、仕掛けがほしいわけではない。ただ淡々とクレジットが流れるだけでいいのだ。それを目で追うだけの時間。

しかし近頃、というかずっと前からだけど、邦画ではテレビドラマのようなエンドロールが散見される。テレビドラマは私も大好きだが、ドラマとしてのエンディングの役割はドラマが果たすのだ。観客のわがままかもしれないが、映画には映画らしくいてほしい。

本編は良かったのに、エンドロールの不要な演出で冷める、ということも残念ながらある。フォント一つで印象を大きく左右するし、最後まで気が抜けない。

でも洋画を観た時にはあまり感じないものだ。邦画を観た時にだけ「エンドロール軽くない?」とか思うので、なにかそこに歴然とした差を感じ取ってしまう。

もちろん制作費やマーケットの規模も違うし、事情は分かっているつもりだが、それにしても「エンドロールだけが蔑ろにされているような違和感」と「洋画に対する劣等感」を、私は小学生の頃からずっと抱き続けている。

好きなエンドロールを挙げてみた

「じゃあどんなエンドロールをお望みなのさ?」となりますよねすみませんでした。ここに私の「エンドロールが好きな映画」を邦画に限定して並べます。でも並べてみると、本編も好きな映画がほとんどです。

私にとっては、本編終了の2分前くらいから「エンドロールという作品が始まる」みたいなイメージなので、おそらく普通よりも広くエンドロールとして捉えている。

『バクマン。』

マンガをテーマにした日本映画ならではのエンドロール。音楽をサカナクションが担当している。主題歌の「新宝島」は過去に何度もタイアップで使用されたが、元々はこの映画のために書き下ろされたもので、マンガというサブカルチャーをしっかり研究して作られているのが分かる。音楽がなおざりにされていない作品は、エンドロールが終わるまで安心できるものだ。

『十二人の死にたい子どもたち』

ミュージシャンの小林うてなさんが音楽を手掛けている。時間が交錯するギミックには、堤幸彦監督ならではの巧さがある。本編の中にエンドロールが組み込まれているような感覚で、ここで席を立つ観客はいないだろうという演出。なぜかレビューは低めだが、原作含め、とてもよくできた展開だと思う。レビューとは本当にあてにならない。

『ラストレシピ〜麒麟の舌の記憶〜』

最後の一秒までフィルムを使い切っている。派手さはないが気遣いが感じられて、奥ゆかしくて華々しい。「ああいい映画だったな」としみじみしながら、静かに日常へと引き戻してくれる時間。そこだけ切り取っても芸術作品として成立するような、一つの空間としてのエンドロールが楽しめる。

『今夜、ロマンス劇場で』

正直細かいところを挙げると100%ではないものの、ラスト2分くらいのシーンが完璧に塗り替えてくれる。綾瀬はるか作品はくまなく観てきたが、この映画における彼女の美しさはストーリーの一部だ。“映画リスペクトな映画” で、往年の名作へのオマージュが散りばめられていたり、胸を打つ劇伴も素晴らしい。日本映画の少ない制作費の中で、最大限に賢く作られた名作だと思う。

『君の膵臓をたべたい』

Mr.Children「himawari」の世界が、エンドロールに切り替わった瞬間から始まる。私はこの映画を劇場で観た翌日に、ミスチルのスタジアムライブで曲を聴いた。「こんな贅沢があって良いのだろうか」と涙が止まらず、ここでエンドロールが終わったような気がした。映画と曲が、自立した強い世界観を持った上で高め合う関係性は、この中で最も『るろうに剣心』に近いかもしれない。

『野火』

塚本晋也さんが監督・脚本・編集・主演まで担当した意欲作で、リアリティが追求された戦争映画。インパクトが強いシーンも多いので、過去にちゃんと戦争映画を観ていて耐性のある方でないと苦しいかもしれない。しばらく脱力して、流れる文字をただ目で追うことしかできないエンドロール。この境地には、本編の凄まじさがなければ辿り着けないはずだ。

 

ざっと思いつきで挙げるとこのような感じだ。本編が好きな映画だから、エンドロールも良く映る、という背景もあるとは思う。

しかし裏を返せば、エンドロールまですべて良かったから、初めてこれらの映画を好きになったとも考えられる。エンドロールは自分にとって、それくらい重要なものなのだ。

エンドロールの位置付け

エンドロールまで含めて観るという人は、特別な映画ファンでなくとも多くいらっしゃるはずだ。好きなアーティストの主題歌が流れるのが楽しみで行く人もいると思う。

家でボーッと眺めるのとはまったく違う位置付けで、何なら動画の場合、エンドロールは観ずに終了させることだってある。

食べてたものを片付けたり、席を立ちながらBGMとして流すとか。自分でさえも時にやってしまうのだから、世間的には動画におけるエンドロールは、失礼ながら無いに等しいと言えるのかもしれない(ちゃんと良いエンドロールだったら観ます)。

だからこそ、映画館に足を運んだ人の特権とも言える贅沢な時間だ。観客は制作陣に「こんなに多くの人が関わっていたんだな。お疲れさま」と心の中で呟きながら眺めるし、制作陣は観客に「観てくれてありがとう」という気持ちも多少は含まれているはずだ。

私は流れるスタッフクレジットの中から誰か1人をピックアップして、その方のとある撮影日の風景に思いを馳せたりもする。

エンドロールをおまけのように考えている映画があったとしたら(ないと信じてるけど)、どんなに本編が良くても私はその映画を好きになることはできない。

話を『るろうに剣心』に戻そう。『るろうに剣心』のエンドロールがなぜ好きか。それは、ONE OK ROCKの歌に一切の妥協を感じないからだ。

一生終わらないのではないかと心配になるくらい大量に流れてくるクレジットを、彼らの歌が全力で受け止めているように感じられたのだ。それはまさに、ワンオクがこの映画を支えていたことを象徴している。

妥協なきONE OK ROCKを讃えたい

『るろうに剣心』は当初、別の主題歌で話が進んでいたらしい。しかし主演の佐藤健さんが、「ワンオク以外考えられない」と友人であるTakaさんにオファーしたという。これが主題歌の理想の形ではないだろうか。

以下、『るろうに剣心』の主題歌となったONE OK ROCKの曲を並べてみた。どこにカーソルを合わせても、妥協のないワンオクの全力が伝わってくる。

The Beginning -『るろうに剣心』(2012)

この曲が2012年リリースだと思うと、時の経過の速さを感じずにはいられないが、私はずっとこの曲の魅力に取り憑かれている。

ワンオクの曲はひとたび誕生すればずっとそこに在り続けるもので、鮮度を保つ、というか鮮度という概念が存在しないのではないか、などと考えたりする。

やはり原点はこれしかない。映画の最終作が『The Beginning』という同タイトルで、この場所に戻ってくる感覚になるのも嬉しい。

Mighty Long Fall -『るろうに剣心 京都大火編』(2014)

その“ひとたび誕生すればずっとそこに在り続ける” ワンオクの音楽を、記事を書く時に参考にすることがある。

ワンオクの色褪せない音楽を引き合いに出して、ずっと読まれ続ける記事を書くために必要なことを考えたりする。こんなに小さなサイトなのにちょっとスケールが大きすぎる気もするが、Culture Cruiseは大志を抱いていますので。

2作目という難しさがあったはずだが、ぶつけたものがすべて跳ね返ってくるほどの気概は、5作品の中で一番強いと言ってもいい。この映画の核となる最高峰のアクションシーンを、最も輝かせる曲だと思っている。

Heartache -『るろうに剣心 伝説の最期編』(2014)

強くしなやかに映画をバックアップしている。5作品が揃ったところで初めて言えることだが、この曲があることでシリーズ自体にもメリハリが生まれていて、束の間の剣心がホッとできる場所、みたいになっているかもしれない。

「伝説の最期」を表すのにこの曲調はとても合っているように思うが、ある種の賭けだったという気もする。疾走感とかでカバーできそうなところだが、やはりワンオクが挑戦者であり続ける所以はこういうところにある。

Renegades -『るろうに剣心 最終章  The Final』(2021)

エド・シーランとの共作。Takaさんはエドに、剣心のことや、佐藤健さんがいかにハマリ役かというお話に加え、佐藤さんご本人の人間性、Takaさんとのつながりまでも伝え、制作に取りかかったという。めっちゃ話すじゃん。

Takaさんの自分の言葉で気持ちを伝えるスタンスが大好きだ。相手が誰であろうと、深層から納得のいくものを創り上げるのがワンオクで、その先にあるのがこの表情なのだと思う。

そして出来上がった「反逆者」を意味するこの曲には熱いエネルギーを感じる。何年もの時を経て、再び主題歌を背負うのは相当なプレッシャーだったと思うが、これ以上ないほど凄みのあるエンドロールに呑み込まれそうになった。

Broken Heart Of Gold -『るろうに剣心 最終章  The Beginning』(2021)

まだ完成形ではない作品を観て、Takaさんは始まりの音をすぐにイメージしたという。

そして大友監督に切り取ってもらった最後のシーンを繰り返し観て、曲の完成まで辿り着いたそうだ。最後と最初が重なるような、共同体の終わらない運命みたいなものを感じる。

何かが終われば何かが始まる。『るろうに剣心』の大きなテーマをこの曲が背負っているような、使命感に満ちた頼もしさ。最終章の2作としても見事で、5作の最後としては貫禄を漂わせるほどのエンドロールで歴史が締めくくられた。

 

この5曲をざっと聴き比べただけでも感じるのは、限界のないTakaさんのヴォーカル。Toruさんのギター、Ryotaさんのベース、Tomoyaさんのドラムもすでに十分魅力的だったけれど、タイム感がより研ぎ澄まされたように感じる。

これらがエンドロールに流れたら、観る者の心を捉えるのも当然だという結論に至る。

最新作ではシリーズが終わってしまう寂しさが募った。ワンオクが大好きだから、終わる瞬間まで楽しみなのに、終わってほしくなかった。しかしまた過去作品を観返したくなるような内容なので、ここからまた無限ループに突入してしまうのだろう。

映画の本編にはまったく姿を現さないのに、ONE OK ROCKは確実にこの映画を象るピースの一つだった。ワンオクのない『るろうに剣心』など考えられない。

それを10年間、5作品も支えてきた彼らを心からリスペクトしたい。そしてきっと、全幅の信頼を寄せて彼らにエンドロールを預けていたこの映画にも。

ここまでの強い絆を他作にも強要するのは無理な話だが、こういう作品が一つでも多く出てきてくれたら、映画ファンとしてこれほど嬉しいことはない。

大好きな『るろうに剣心』は終わってしまったけれど、このバンドはきっとまた別のストーリーを紡いでくれる。寂しさの中に希望を見出せたのはきっと、そこに彼らの歌があったからだ。

ONE OK ROCKはこの映画のエンドロールにおける主役だったのだ。始まりを意味する不思議な終わり。終わることのないエンドロールに、私はいつまでも浸っていたい。

文/長谷川 チエ

 

ABOUTこの記事のライター

山口県生まれ、東京都育ち。別業種からフリーライターとして独立後、Culture Cruiseメディアを立ち上げ、『Culture Cruise』を運営開始。現在は東京と神奈川を拠点としている。 カルチャーについて取材・執筆するほか、楽曲のライナーノーツ制作、小説や行動経済学についての書籍も出版。音楽小説『音を書く』が発売中。趣味はレコード鑑賞。愛するのはありとあらゆるカルチャーのすべて!!