The Weeknd(ザ・ウィークエンド)が2022年1月にリリースしたアルバム『Dawn FM』についてレビューを書きました。
The Weeknd『Dawn FM』
1月7日、The Weeknd(ザ・ウィークエンド)が約2年ぶり、5作目となるアルバム『Dawn FM』をサプライズ配信した。
このクオリティのものがいきなり投下されたらもう手も足も出ない。私はしばらく凍りついていたかもしれない。
輸入盤CDは2月4日、4月にはアナログ盤もリリースされるそうなので、個人的にはぜひアナログ盤でも聴いてみたいと思っている。
- Dawn FM
- Gasoline
- How Do I Make You Love Me?
- Take My Breath
- Sacrifice
- A Tale By Quincy
- Out of Time
- Here We Go… Again (feat. Tyler, the Creator)
- Best Friends
- Is There Someone Else?
- Starry Eyes
- Every Angel is Terrifying
- Don’t Break My Heart
- I Heard You’re Married (feat. Lil Wayne)
- Less Than Zero
- Phantom Regret by Jim ▼Alternate Worldのみ
- Take My Breath Remix ft. Agents of Time
- Sacrifice (Remix) feat. Swedish House Mafia
- Moth To A Flame
架空のラジオ番組がテーマになっているという本作。渋滞から抜け出せないトンネルの中にいるリスナーが『Dawn FM』を聴くという想定、イメージは煉獄だという。
エグゼクティブプロデューサーにスウェディッシュ・ハウス・マフィア、客演にはタイラー・ザ・クリエイター、リル・ウェイン、クインシー・ジョーンズなどが参加。
最初と最後、曲中にも登場するラジオDJを務めているのが俳優のジム・キャリーで、声色の変化が楽しめる。
個人的に「A Tale By Quincy」のクインシー・ジョーンズに感激してしまったこともあり、ラッパーのタイラー・ザ・クリエイターやリル・ウェインともっと斬新に絡んでくれても嬉しかった気がする。
特に、リル・ウェインをこの曲に登場させるのかという「I Heard You’re Married」。
シンプルなパンチインというか、リル・ウェインのフィーチャーの仕方としてはむしろ大胆で、これはこれで貴重なコラボかもしれない。プロデュースにはカルヴィン・ハリスも参加している。
また、Alternate World盤に収録されている「Moth To A Flame」は、スウェディッシュ・ハウス・マフィアがザ・ウィークエンドをゲストとして迎えた曲で(Culture Cruiseの2021年100曲プレイリストにも入っている)、その他Remix曲なども含め、Swedishサウンドと上手く融合させたことで新しさも感じられた。
アルバム1枚のコンセプトを丸ごと楽しむべきだと思いつつも、1曲だけ抜き出した時のクオリティも素晴らしい。
2012年には『Trilogy』をリリースしていたザ・ウィークエンド。本人もTwitterで示唆していたように、前作『After Hours』も含め、三部作のうちの二作目なのではという予想も飛び交っている。
「Out Of Time」
シティポップ好きとしてやはり気になるのは、「Out of Time」で日本人シンガー・亜蘭知子の「Midnight Pretenders」がサンプリングされている点。
原曲は亜蘭知子さん作詞、織田哲郎さん作曲で、1983年にリリースされたアルバム『浮遊空間』に収録されている。
2018年にはタワーレコード限定でCDが再発されたり、アナログ盤もリリースされるなど、すでに再評価の波は高まっていた。
今回のサンプリングで、原曲だけでなく『浮遊空間』や亜蘭さんの作品にも改めて注目が集まっている。
世界的なシティポップブームによって、80年代のシティポップが発掘されまくっている昨今なだけに、驚きはあまりなかったのだが、何とも言えない嬉しさが込み上げる。
織田哲郎さんが作った曲がザ・ウィークエンドの元ネタになってジム・キャリーがフェードインしてくる世界線ですよ。しかもこんなに美しく。
亜蘭さんの楽曲を他にも聴いてみると、逆再生で始まる「Body to Body」のイントロや、Trapビートのような「I’m in Love」など、おしゃれなサウンドが詰まっていてときめいてしまう。
「A Tale By Quincy」からの流れも素晴らしく、「Out of Time」は「A Tale By Quincy」からすでに始まっている!と言いたくなる。
いやそれだけでなく「Here We Go… Again」にもつながっているし、その次も! という具合に、1曲を語ろうとすると結局アルバム全体にたどり着く。
それだけコンセプトが周到に行き渡っていることに気付かされる。ザ・ウィークエンドは世界観を創り、磨き上げるのが上手い。そんな彼の真骨頂という感じがする。
曲作りというよりも、視覚に訴えるスペクタクル演劇のような世界を創ろうとしているのではないか。それまではストレートな曲も多い印象だったが、2016年のアルバム『Starboy』くらいから、そんな奥行きを感じるようになった。
「暗闇から見た光」という構成
「煉獄の向こう側にある光」というなかなかに闇の深い内容ではあるが、ラジオというコンセプトに包まれることで「日常的に持ち歩けるアルバム」に転じている。
闇の中に潜り込もうとする自分もいれば、細かい部分に80’sのラジオっぽさを発見して楽しんでる自分もいる。ある種の救いのようにも受け取れる。
「How Do I Make You Love Me?」から「Take My Breath」、「Best Friends」から「Is There Someone Else?」など、ところどころノンストップMIX CDのようになる構成にもわくわくした。
「Here We Go…Again」などに見られるラジオ局のジングルに見立てたサウンドが、ラジオ好きの耳までくすぐって来る。
例えばSpotifyのフリープランで聴いているリスナーは、曲の間に広告が挟まれれば、まさにラジオさながらに聴こえてくるかもしれない。広告も作品の一部になるのは面白い。
ご本人はそこまで意識されていないと思うけれど、広告の煩わしさを逆手に取るような、ユーモアをもって聴くことができる。もう自分の感情が分からない、こんなこと考えるのは私だけでしょうか。
Spotifyの月間リスナーが8,600万人を突破し、ついに世界のトップに立ったザ・ウィークエンド。
メインストリームの中心でここまでコンセプチュアルな作品が誕生したことが、アルバムの意味を見失いかけていた世界中の音楽にどんな影響を及ぼすのか、とても楽しみになった。
dawnは夜明けという意味だが、自分はもっと暗い所、明ける気配のなかった深い闇から、光が差し込んでくるような光景をイメージした。それは生と死が対をなし、光の解釈はリスナーによって違うかもしれない。
暗闇から見た時に受ける想像以上にまぶしい光、それほどまでに強い生命力を持つ作品だと感じた。
文 / 長谷川 チエ
▼ブルーノ・マーズ「ワールドツアー」ライブレポート
▼テイラー・スウィフトの映画『ミス・アメリカーナ』レビュー