君に会うことはできないけれど、サカナクションを聴く旅に出よう【前編】

サカナクションに出会う旅

ーーもしも一生のうちで、音楽を聴ける時間が決まっているとしたら。

新型コロナウイルスによる外出自粛生活が続く中、私は古くからの友人R氏とリモートで語り合った折、そんな話題を持ちかけた。

私:例えば、「あなたが音楽を聴ける残り時間はあと50時間ですよ」とか「残り100曲だよ」って突然告げられたら、誰の曲をどんな風に聴く?

R:うーん、私はサザン以外詳しくないから、音楽好きのチエちゃんにおすすめしてもらった曲を聴く。

私:究極の受動だな。気になるアーティストとかいないの?

R:自粛中にYouTubeで公開してくれてたサカナクションのライブ映像観て気になったけど、終わりの方だったからあんまり観れなかった。でもチエちゃんがサカナクション好きな理由が分かった気がしたよ。紅白で歌った曲…

私:「ミュージック」?

R:そうそう。あと「新宝島」とかはわかるけど、難しい曲が多いイメージがあって、何から聴けばいいか分からない。でも今の時期一人で寂しいし、時間もあるから何か集中できるものがほしいんだよね。

私:分かった。私がその寂しさを解消するから、少しだけ待ってて。


その日から私は、この自粛生活の中でどうすればR氏にサカナクションの良さを伝えられるか考えた。

ちょうどその頃、すでに彼らの記事をCulture Cruiseで書くという構想があった。

きっとR氏のような人は他にもたくさんいるはずだ。ならばその記事を、いっそR氏に向けた内容にすることで、多くの人の役に立てるかもしれない。

記事としては少し変わった形式だけれど、常に新たなアイデアを示してくれるサカナクションのように、私も型にはまらず自由に書いてみることにした。

Rちゃん、私は君がとても大切だ。だから君と一緒に旅に出たい。

サカナクションに出会う旅。

でも今の生活で、物理的な距離を越えることはできない。

君と私は会えないけれど、繋がることはできるね。

カミュが描いた「ペスト」の世界にはなかったインターネットが、現代にはある。皆オンラインで顔を合わせて話をしているではないか。

でもそれでは空間が埋まらない気がする。空間を満たしてくれるもの、私にとってそれは音楽だ。

「空間」を“空”という言葉で表すように、同じ場所にいなくても繋がることができる。それが音楽の素晴らしさなんだよ。

まずは歩きながら君と語り合いたい。それぞれの場所で歩こう。

想像すればどこへだって行けるんだから、部屋の中でもいいんだ。絶対に置いて行ったりしないから。

歩き続ける

最初に、サカナクションについて軽く説明しておくよ。

2005年に結成されたサカナクションは2007年にデビューした。

メンバーは、山口一郎さん(Vo.)、岩寺基晴さん(G.)、草刈愛美さん(B.)、岡崎英美さん(Key.)、江島啓一さん(Dr.)の男女5人編成のバンド。

ここでは普段の呼び方で呼ばせていただくことにする。

一郎さんは一郎さん。ファンの方たちはみんな、彼のことを一郎さん、一郎くんって呼ぶ。

同じくモッチさん、愛美(あみ)さん、ザッキーさん、えじ。いやエジーさん。

全員1980年〜83年生まれだから私たちも同世代だね。北海道で結成された。

サカナクション=ダンスミュージックというイメージが強いかもしれないけれど、郷愁を纏う作品も多く、このあたりは大きなエッセンスになっている。

もしも彼らが沖縄生まれだったら、サカナクションの世界はもっと違うものになっていただろうな。だから彼らが北海道で生きてきたことは、とても大切で愛おしいことだよ。

バンド名は「魚」と「アクション」を組み合わせた造語らしい。検索もしやすくていい名前だと思わない?

ちなみに、サカナクションのファンは「魚民」と呼ばれている。世の中うまいことできてるよな。みんないい人だしかっこいいんだよ。

革新的なサウンドメイクをする傍ら、それぞれの楽器をそれぞれにかき鳴らす職人技、新旧織り交ぜられたエモーショナルな曲調、独創的かつ人間味のあるリリックがすべて集約されたバンド、それがサカナクション。

彼らの特徴はさまざまな要素が「混合」されているところにあると感じるし、そもそも男女混合バンドであること自体がその原点とも言える。

性別を問わず、人間としての魅力を伝えてくれるバンドだと思う。

それで今から聴いてもらう曲なんだけど。歩きながら聴いてもらいたくて君を外に連れ出したんだ。相変わらず私は部屋の中だけど。

揺れるシンセのイントロが印象的で、アウトロで流れる時にはまた違う感情を持った自分がいる。

私は曲に集中しすぎて、電柱に1cmすれすれまで迫ったことある(実話)。それくらいかっこいい。

ワンカットで進んでいくMVも素晴らしくて、いわゆるリリックビデオも今でこそ一般的だけれど、一文字ずつが分解されてパースを取り入れた仕掛けがあったりと、当時は画期的な演出だったように思う。

きっと撮影はとんでもなく大変だったと思うから、自粛生活で時間のある今、改めて観直したい作品かな。

まずは聴いてみよう、サカナクションで「アルクアラウンド」。

変わらずに変わる

君と私は、大のサザン好きという共通点があるよね。この曲は「勝手にシンドバッド」と、かつてアメリカで活躍したバンド、トーキング・ヘッズをサカナクション流に表現するという挑戦だったそうだよ。

アイデンティティがない

生まれない らららら

アイデンティティがないって言ってる人が、ららららって絶対言わないし、感情が謎なところが良い。

ライブでもかなり盛り上がる定番曲なんだ。

“アイデンティティがない”とか、“どうして”のところでみんな歌って盛り上がるんだけど「いやアイデンティティないんでしょ? 盛り上がってる場合じゃないから」っていう隙ありまくりな感じ。

そして“らららら〜”と手を振りながら大合唱する。ここが自分の居場所なんじゃないかってくらい、安心してしまう。

一郎さんは「オンライン時代では、誰かの意見を先に読んだ状態で自分の意見を決めたりする。それはオリジナルではなく上書きしたものだけれど、今後はずっとこれが続くし、現代の面白いところでもある」と話していた。

この曲のジャケットは、CDがドミノのように重ねられて「?」マークが象られているんだけど、それが全部サカナクションの過去の作品なんだ。

世の中に対してアイデンティティを問うと同時に、自分たちのこれまでの価値観を疑い、自問している。そんな側面も大きなウェイトを占めている気がする。

サカナクションは常に“変わらずに変わっていく”ことを意識しているバンドで、思慮深い彼らだからこそ生まれた曲なんじゃないかな。

ということは、自問自答を繰り返し、自分とのコミュニケーションが取れる人はすでにアイデンティティあるんだよ。だから、“らららら”でいいんだ。

アイデンティティを探し求めるのは人の世の常であり、一生のうちに答えを見つけられるのかすら分からない。

模索する過程で、見つけたり失ったりしながら自己を確立していくことで、少しずつ隙間を埋めることができたらいいよね。何の話だっけ?

それでは聴いてください、サカナクションで「アイデンティティ」。

スマホとストリーミングの普及で、音楽の聴き方も様変わりしたよね。

今は耳元のイヤフォンで瞬時にスキップできるでしょ?いかにサブスク映えするかを考えながら曲を作るミュージシャンが増えた。それも大事な要素だよね。

そういう視点では、サカナクションの曲は途中でスキップせずに1曲通して聴きたくなると思った。アレンジまで含めて、曲にストーリーがあるからだと私は思っている。

セオリーどおりではなく、先読みできない曲が多いんだ。1番と2番で曲調がまったく違ったりするから、最後まで聴こうとするんだよね。

でもきっと、良い作品を追求して作ったら時代が求めていたものだった、という結果論なんじゃないかと思う。

例えば、CMでサカナクションの曲に興味を持ったライトリスナーが、その曲をSpotifyで聴いたとするよね。CMでは流れなかった大サビがさらにかっこよかったと知るんだ。

興味がわいて過去曲を遡ったら「こういう曲もあるんだ。しかも2008年でこんな斬新なことやってたの?」ってリスニング体験が増えていく。

少し先を行ってるからその時は批判もされるかもしれないけれど、みんなが気付いた時には本人はもう違うフェーズを見てるんだよね。

この曲も、セオリーを破るような曲調とユニークな構成で、サビが2番以降に初めて登場するっていう。こうなるとサビの定義も難しいんだけど。

だから1番では言い知れぬ消化不良を起こし、おあずけを食らった犬となる。

サビにたどり着くと、この瞬間を待ってた!って、ライブで聴くと勢い余って泣きそうになっちゃう。2番まで待ったご褒美みたいな。

もっともクライマックスとなるところで「何分か後」っていうはっきりしない時間設定も好き。

“雨になって何分か後に行く”という印象的なフレーズ。少し理解しづらいかもしれないけれど、とても勇気の出る素敵な歌詞だよ。

しかも当時、東京モード学園とのタイアップとして作られた曲なんだよね。

放送で流れる15秒の中にこのフレーズを入れ込むアイデアはもちろんだけど、すごいのはその気持ちだと思うんだ。

もっと分かりやすい表現に逃げたくなるはずなんだよ。これは私の主観だけど。

マジョリティの中のマイノリティでいられるのは、挑む気持ちを持ち続けているからだと思う。

一郎さんは真面目に音楽と向き合いストイックに曲作りをされていて、だからこそ、時折ふっと力の抜けた表現をするのが魅力なんだ。私も文章を書く上で、実はとても勉強させていただいているスタイルだよ。

ちなみにこれは愛美さんのベース曲だと思っている。男女混合バンドの良さがすごく生かせているね。

それでは聴いてください、サカナクションで「夜の踊り子」

美しい音

“音の美しさ”とは、表層的なことだけじゃないんだって教えてくれた曲がある。

それまでのサカナクションの軌跡に、転換期を迎えさせた曲だと私は思ってるから、今まで努力して積み上げてきた経験と、新しい価値観を迎える勇気みたいなものも音に吸収されている気がして。

彼らの過去と現在、未来が集約されている作品だと感じたんだ。特にヘッドフォンで聴くと、音の美しさに涙が静かに流れる。

サウンドの素晴らしさもさることながら、この曲では声が演出の一つになっているように感じる。

一郎さんの柔らかい歌い方であったり、声のメリハリ。この頃から表現力もまた一段上がった気がするんだよね。

コーラス部分も、合唱のような響きってサカナクションの特徴と言われているけれど、この曲ではそれぞれの声の温度感が感じ取れる気がするのは私だけかな。

2013年には、この曲で紅白歌合戦に初出場されたこともあって、当時はたくさんの人の想いを、メンバー5人がすべて背負っている気がしていた。

そんなこともあったから、今いっそう美しさを感じられる曲になったのかもしれないな。いろんな感情全部ひっくるめて、とにかくありがとうと言いたくなる気持ちは何年経っても変わらない。

メディアへの露出は彼らにとって思うところもあるだろうけど、常に最適解を考えてうまく付き合えているバンドだなと思うよ。他のバンドにとっても、参考になっているんじゃないかな。

この曲もラストのサビで「振り返った季節に立って」の部分から怒涛の“ご褒美”があるやつだからぜひ最後まで聴いてほしい。私は木琴の音を感じながら聴くのが大好き。

未知なる領域に飛び込む勇気。“音の美しさ”を全身で感じることができる曲だよ。

それでは聴いてください、サカナクションで「ミュージック」

郷愁

新たな価値観を提示して、またそれをすぐに壊すって、とても勇気のいることでしょ?本当はまだそこに浸っていたいじゃない。

紅白歌合戦に初出場したサカナクションが、翌年1月15日にリリースしたのがこの曲。

紅白で彼らに興味を持った人たちがこの曲を聴いた時に、ピンと来なければそれまでだし、良いと思ってくれれば他の曲もきっと受け入れてくれる。そんな風に考えてリリースされたそうだよ。

たしかに、紅白直後のリリースであれば、もっとキャッチーな曲にもできたはずだよね。周りにそうさせられるケースもある。

しかし、あえて抑揚の少ない無限ループソングを選択するサカナクション。去る者を追わない、とも言えるけれど、共感してくれる人たちを大切にするという彼らのスタイルには、多くのことを教えられる。

両A面としてリリースされたもう一つの「グッドバイ」は、もう少し“A面らしさ”がある気もするけれど、でもやっぱり影がある。

この曲を初めて聴いた時、間奏部分でサカナクションにはこういう美の感性も備わっているのかと感服したことを覚えてるよ。

ところどころで朴訥とした雰囲気を漂わせているのも好きだな。

故郷を表す直接的なフレーズがあるわけでもなく、しかもそのほとんどが東京に費やされているのに、2つの街が結ばれて郷愁を感じさせる。

一郎さんは10伝えるために半分くらいしか描写しない。だから残りの半分が何なのか、リスナーは考える。

受け取り方はそれぞれで良いと思うんだ。10人いたら10通りのストーリーが育まれることが、サカナクションの音楽の魅力だし、リスナーとの相互理解だと私は思ってるよ。

芸術的なMVにも深い意味が込められていて、曲線を描く女性の裸体には感情の起伏や東京のビル群のシルエットをイメージしているそうだよ。

上京した人から見た東京の歌ってたくさんあるでしょ?東京育ちの私にとっては時に心が痛む表現もあるけれど、それも真実だから仕方ない。この気持ちはマイノリティだと思うけど。

でもこのMVでは最後の線が上向きに終わっているのが、個人的には前向きなメッセージを感じて、そこに少し救われたかな。

それでは聴いてください、サカナクションで「ユリイカ」

言葉の可能性

最近世の中でいろんなことがあったけれど、私の頭の中ではずっとこの曲が流れていた。

この曲は一郎さんの歌い方のバリエーションがあって、対比を感じながらいつも聴いている。

Aメロとサビ、1番と2番、いろいろな感じ方ができる。曲調も、最後には最初と全然違った着地の仕方をしているところに注目してほしい。

でも、一郎さんが歌っているメッセージは変わらないんだ。

アクセサリーを買うよりも本を選んできた私にとって、文字は宝石だ。言葉の可能性を信じたい。

何があっても人を傷つけることに利用してはいけないよね。執筆を生業とする者として、今一度再認識するような出来事が、この期間には散見された。

この曲の言葉はいつもその場所に導いてくれる。私がくどくどと説明するような曲ではないと思うから、話はこれくらいにしてそっと置いておくね。

今日の旅はこれで終わりにしよう。

君も少し疲れただろうからゆっくり休んで、また何日か後、この場所で会おうね。

明日の世界が、今日より少しでもきれいな言葉で満たされますようにって、心から願ってるよ。

サカナクションで「エンドレス」

つづく。

文 / 長谷川 チエ(@Hase_Chie


↓後編にいくよ!

ABOUTこの記事のライター

山口県生まれ、東京都育ち。別業種からフリーライターとして独立後、Culture Cruiseメディアを立ち上げ、『Culture Cruise』を運営開始。現在は東京と神奈川を拠点としている。 カルチャーについて取材・執筆するほか、楽曲のライナーノーツ制作、小説や行動経済学についての書籍も出版。音楽小説『音を書く』が発売中。趣味はレコード鑑賞。愛するのはありとあらゆるカルチャーのすべて!!