【連載小説】音を書く(2)

連載小説「音を書く」第三章〜第四章のページです。

第二章まではこちら



第三章 開場

 ついにこの時が来た!  電車を降りると、会場に向かって歩く人たちが何となく列をなしていた。僕もそれに何となく続く。

 歩きながら、チケットがちゃんとあるかどうか、バッグの中を確認した。家を出る前にも、改札を通る前にも、何度もバッグの中を覗き込んでいるのに。何度見ても、チケットは一枚きりだった。

 一人で過ごすことには慣れているけど、いつもなら祐希と一緒に来ているところだ。この前、「君には分からない」と言ってしまったことを思い出して後悔した。何て最低な言葉を選んでしまったのだろう。

 あの時ケンカしてしまったために、今日僕は一人だ。今はもう仲直りしているのに、まだケンカが続いているみたいになってしまった。全部僕のせいだ。

 チケットを取る時とライブ当日とで状況がまるで激変している事態が、ライブでは時々起こる。

「こうなることが分かっていればチケットを取らなかったのに」と思うこともあるが、結局はそのチケットを無駄にしないために行く。

 というか、空席を目にした推しを悲しませたくないから行くのだ。そして行った結果「来なければよかった」と思うことはほとんどない。会場に着いた時の高揚感と、ライブが始まった瞬間の興奮は何物にも代えがたい。

 次にチケットの予約をする時は、どんなにケンカしていてもチケットは二枚で手配しようと思う。だいたいその間に仲直りできている。

 祐希には申し訳ないが、今日は一人で楽しむしかない。中途半端な気持ちで参加するのは、落選してしまった人たちにも申し訳ないから。奏さんのライブのチケットはデビュー前からいつも完売する。

 僕の足取りは、イヤフォンから流れてくる奏さんの曲「しょうがないでしょ」に自然と合わせられた。

 これもよく考えると歌謡曲の決め台詞みたいなタイトルだが、ピアノの生音とDTMが融合した傑作だ。今日はこの曲もやってくれるのかな。

 何が選ばれても嬉しいんだけど、一曲だけ、今日はやってほしくない曲がある。脳内では、意味もなく今日のセットリスト大予想大会が佳境を迎えていた。

 開演まで30分くらいあるけど、会場にはすでに人がたくさんいた。この建物の中に奏さんもいるなんて信じられない。みんな平然を装ってるけど、ちぎれそうなほど動くしっぽを抑えきれない子犬のような表情をしている。

 今日の奏さんの調子はどうかなぁ。体調を崩してないといいな。僕は父だか母だか兄だか分からない感情になっていた。

 SNSには今朝写真が投稿されていたし、ホームページにも中止と書かれていないし、予定通り開催されそうだ。幕が開いて本人の顔を見て歌声を聴くまで、何となく落ち着かない。これは誰のライブに来ても同じだ。

 観客でさえ、当日に備えて体調を整えておかなければと思うのに、演者はどれだけ備えていることか。

 奏さんはソロアーティストだし、プレッシャーを与えていないだろうかと考えてしまう。デビューして重圧も色々あるだろうけれど、朝起きる時と夜眠る前は健やかでいてほしい。涙する日があったとしても、一日の大半を笑顔で過ごしてほしいと願うよ。

 僕は今日を楽しみにしていたけど、たとえ奏さんの体調の問題で開催されなくても、今日までのワクワクする気持ちだけで楽しませてもらったから気にしないでほしい。払い戻しも願い出ません。

 誰も体調が悪いなんて一言も言っていないのに、僕の妄想の世界で奏さんはもう熱を出して寝込み、運営は払い戻しの手続き対応に追われていた。

 会場内に入ると行列ができていて、その先には物販コーナーがあった。黒のフーディーかわいい。買っちゃおうかな。買ったそばから着ちゃおうかな。今ならそんなに並ばずに買えそうだし、開演まで時間あるし。

 こんな理由で音楽系のグッズって増えていくよなー。ラバーバンドなんて家にいくつあるか分からない。夏の高温で、もう溶けてるんじゃないか?  生存確認してないけど無事?

 心のテンションがおかしくなっていることに気付き、呼吸を整えしっぽを仕舞う。少し買いすぎてしまった。これで罪滅ぼしになるとは思っていないが、渡す相手を想定しながら買ったものもある。最悪自分が使ってもいい。

 足取り軽く、向かう扉。この扉の向こうに足を踏み入れる瞬間が、僕は好きだ。ここを隔てて空気が変わる。音も、色も、時間も変わる。

 ああ、この匂いだ。たくさんの創作物を吸収して時間が折り重なったような、文化的で芸術的な匂いがする。

第四章 開演「奏でる」

 ホールは音が良くて、ゆったりしていて落ち着く。その佇まいには、どこか神聖さすら感じる。場内のSEで流れる奏さんのカバー曲、何て贅沢なクリスマスなんだ。

 良い音を良い音響で客席に届けるための設計、ステージと奥行きのある座席の配置。こんな一般人でも、精緻さを極めた造りが視覚的にも理解できる。

 どこでやるのかも僕にとっては重要で、会場の雰囲気とか立地とか、そういうことも含めて一つのプログラムだと思っているんだ。「この会場はどれだけの音楽や演劇を観客に届け、呼吸を続けているんだろう」と考えたりもする。

 座席は二階席だけど、最前列のど真ん中だ。全体が見渡せるし、なかなかの良席だ。もういつ始まってもおかしくないぞ。奏さん、僕は待っています。

 場内の音声とライトが絞られた瞬間、歓迎の拍手が会場いっぱいに響き渡る。奏さんだ! 待ちに待ったこの瞬間。寝込んでいなかったんだね。元気でよかった。

 それはそうと、星川奏という人物が本当に存在していることに僕は一人感動していた。奏さんが僕にくれる毎日は、幻想でも幻覚でもなかったんだ。

 昨日までの日常のチャンネルが、今この場所、この瞬間に束ねられた。昔母さんが大事に持っていたアナログチューニング式のラジオで、ダイヤルが合った奇跡みたいな瞬間。奏さんの姿を目にしただけで、目の前の霧が去り、ノイズが消えた。

 ピアノの前に着席するなり、一呼吸も置かずに弾き始めた奏さん。彼にとって、呼吸を整えるタイミングはここではないのだと思った。

 拍手で和やかになった会場の空気を、ピアノの音が鋭敏にさせた。ピアノ以外、この世界のすべてが音を失ったように静寂が訪れる。みんな固唾を飲んで見守っている様子だった。

 それは、「奏でる」の前奏だったからだと思う。文字通り、奏さんの代名詞のような曲で、歌詞の輪郭をなぞるように、一小節ずつ大切に歌う奏さんの姿が印象的だ。影のあるこの曲が一番に選ばれたことで、この公演にかける奏さんの想いが人々に伝染していくようだった。

 クリスマスとは程遠い厳かな静けさが立ち込めていく。僕は奏さんのそんな油断しないところが好きだ。僕の脳内セットリスト大予想大会は初戦敗退に終わった。

 静寂の中で鳴るピアノは、森の中に漂う澄んだ空気のようで、一層美しさを増す。厳かで癒されるライブ、NK細胞でも活性化してるんじゃないのか。

 自分の名前をタイトルに冠するなんて、何度もあることではないはずだ。僕はいつか奏さんと話す機会があったら(そんな日は訪れないだろうけど、もしあったのなら)、なぜこの曲を自分の名前と同じタイトルにしたのか、そしてなぜこのタイミングで作られたのか聞いてみたい。

 その横顔を見ていると、空気がピンと張りつめていくような気がするけれど、向き合うピアノが彼をほんの少しでも落ち着かせていたら良いのに。

 僕がそう感じたのは、奏さんとピアノが一心同体のように思えたからだろう。子猫の体に絡みついた毛糸玉、そんな関係性に見える。ずっと絡みついているから、子猫はぐるぐると回って遊び続ける。そのうち毛糸玉も、下の子に付き合ってあげる面倒見の良い兄や姉のように見える瞬間があるんだ。

 奏さんが弾くピアノも、まるで呼吸しているみたいに思える時がある。感情があるんじゃないかと錯覚してしまうほど、いきいきと音を奏でている気がしてくる。

 そのつながりは誰にも引き離すことができないし、幼少期から苦楽を共に過ごしてきた仲間のようなものだろうか。僕はまるで楽器を弾けないので理解できない領域だけど。

「幼少期は友達がいなくて、ピアノとずっと遊んでました」。こんな満点エピソードが見出しの音楽雑誌が発売されたら、僕は保存用と閲覧用に分けて買い占める。そしてますます奏さんのことが好きになるだろう。

「ピアノで」じゃなくて、「ピアノと」なんだよ。実際に友達が多かったかは知らないけど、きっと少し変わった子供だったはずだ。ピアノを喜ばせられる人間、僕はショパンと奏さんくらいしか知らないよ。

 ファンってこうして勝手に推しのエピソード描きがち。推しのことになると想像力が圧倒的に飛躍する。

 奏さんの曲を聴くようになってからというもの、ピアノがこんなに素直な音を出す楽器だったのかとつくづく思い知らされ、驚きの連続だった。

 初めてきみの姿を見た時の印象も、奏さんの曲を聴く前だったらもっと違っていたかもしれないな。

次章へ


▼最初から読む!

【連載小説】音を書く(1)

ABOUTこの記事のライター

山口県生まれ、東京都育ち。2016年、別業種からフリーライターとして独立。2017年にCulture Cruiseメディアを立ち上げ、『Culture Cruise』を運営開始。現在は東京と神奈川を拠点としている。カルチャーについて執筆するほか、楽曲のライナーノーツ制作、別名義で小説や行動経済学についての書籍も出版。趣味はレコード鑑賞。愛するのはありとあらゆるカルチャーのすべて!!